丼3杯に鶏がら2羽分の濃厚スープ

鶏白湯のパイオニア「らーめん まる玉」は2001年、埼玉県川口市でわずか6坪の店舗からスタートした。「開店当時から海外で店を持つことを考えていた」と言う工藤哲也社長は創業の志を実現し、現在の店舗数は国内より海外の方が多い。今や出店国はシンガポール、マレーシア、インドネシア、カナダ、中国の5ヵ国に達している。2007年にオープンしたシンガポール・セントラル店は、1日1000杯を売ったこともある繁盛店だ。「世界を目指すなら、今しかない!」と語る工藤氏に海外進出の可能性を取材した。


ラーメンは寿司の10倍の スピードで世界に浸透

ラーメンは寿司の10倍の スピードで世界に浸透

「らーめん まる玉」といえば「鶏白湯」。その誕生は、ある偶然から始まった。工藤氏はかねてから「豚骨や魚介メーンのスープにプラスされる脇役じゃなくて、鶏が主役のスープを作りたい」と考えていた。当初の計画では清湯系の澄んだスープを作ろうと考えていたが、連日の疲れのせいで鶏がらを炊きながら、ついうたた寝。気付いたときには、焦げた臭いがした。
「これはヤバイ! と焦りましたね。あわててかき混ぜたら、ドロッと白濁する。やり直しかとがっかりしましたが、味見をしたら、これがおいしかったんです」と失敗が大成功に結びついた。これをベースに改良を加えた結果、ラーメン史上初の「鶏白湯」が誕生したというわけだ。
実は「鶏白湯」を考案する前から、工藤氏のまなざしは海外に向けられていた。海外で勝負するには、鶏は絶好の食材。というのは、豚や牛とは異なり、鶏なら宗教や食文化に関係なく世界中で食べられている。「鶏白湯」の味付けは塩だが、塩なら世界中どこでも手に入る。世界に通用するラーメンを作りたいという工藤氏の熱い思いが、「鶏白湯」を生み出したのだ。
国内のラーメン市場について、工藤氏は「すでに飽和状態」と分析する。「今のラーメン店は、どこもみんなおいしくて差別化が難しい。そうなると、駅前や飲食店街など人が集まるエリアに出店できるかどうかで、集客の成否が決まってしまいます。しかも人が集まる地域はラーメン店も多い。飽和状態の国内でお客さんを取り合っているよりも『若きラーメン店主よ、世界を目指そう!』と僕は言いたいですね」
さらに「今、出ないとチャンスはない」と言う。そして「ラーメンは寿司の10倍のスピードで世界に広まっていますからね。海外でもあっという間に飽和状態になると思います」と先を読む。出店のライバルは日本人だけではない。外国人が日本で修業して、海外で出店する例が後を絶たないという。国籍、民族、食文化を問わず、世界中の人の舌を魅了するラーメン。その可能性は計り知れない。
(詳細2面)


ハラルに通用する鶏と塩 イスラム圏でオファーが殺到

ハラルに通用する鶏と塩 イスラム圏でオファーが殺到

2001年4月、JR川口駅西口で開業。開業当初、埼玉県内のラーメンマップを制作中という雑誌編集者が来店し、「巻頭ページにうちの店も入れてくれるようにお願いしたら、その雑誌の発売日の翌日から行列ができました」と言う。その後はとんとん拍子に繁盛し、国内店舗を増やしていく。
2007年、シンガポールに海外1号店をオープン。現在、国内4店舗、海外15店舗を直営、共同出資、FCの3つの方式で運営している。海外出店はまだまだ進行中で、2014年にもオーストラリアに出店を計画中。特にイスラム圏からの出店要請が多いのは、豚肉や牛肉を使用していない「鶏白湯」だから。すでにジャカルタには6店舗出店している。
「小麦を原材料とする食べ物のスタートが麺。国が豊かになるにしたがって、小麦が麺からパンへ、そしてケーキへと進化する。経済的に貧しい国にはケーキの文化はないけど、でも麺文化はあります。麺は、いうならば“世界共通のソウルフード”なんです。そして、日本のラーメンは麺文化の頂点にあると、僕は自負しています。つまり、ラーメンは世界で一番おいしいソウルフードと言っていいんじゃないかな。だからアジアでも欧米でも、全世界に通用するんです。そんな素晴らしい麺文化=ラーメンを日本人は持っているんだから、世界に出て行かないのはもったいないですよね」
工藤氏のこの言葉を実証するように「らーめん まる玉」の海外店は、「日本から本物のラーメンが来た」と、どの店も大盛況だ。


コラーゲンたっぷり 客の半数が女性客

コラーゲンたっぷり 客の半数が女性客

「まる玉らーめん」のスープの特徴は、なんといっても、鶏がらをふんだんに使用していること。3杯につき2羽分の鶏がらが入っている。胴がら、身肉、もみじ、脂などあらゆる部位を使用し、ボロボロになるまで強火で煮込むことで、コラーゲンたっぷりの濃厚なスープが完成する。
麺は、研究の末に完成した特製ちぢれ麺。鶏白湯との絡み具合は絶妙だ。塩は海外では〝ピンク塩〟を、国内では沖縄産の海塩やモンゴルの岩塩を使用。カルシウム、マグネシウム、カリウムなどのミネラル成分を豊富に含む塩が、味付けの基礎となる。
「まる玉らーめん」のベースは鶏白湯の塩味で、これに卵、生からし、チャーシュー、青ネギ、角煮など好みの具をトッピングする。一番人気は「あおさ海苔」。ラーメンに海苔はつきものだが、黒い板海苔が苦手な工藤氏が「自分が食べられる海苔」を探して、たどりついたのがあおさ海苔。フレッシュな磯の風味が、鶏白湯スープと絶妙なマッチングだ。瀬戸内海産のものを使用し、年間の使用量1t分を確保して冷凍保存している。
さらにラーメンは男性食と思われがちだが、「まる玉らーめん」は女性ウケが抜群にいい。その理由は①美肌に欠かせないコラーゲンを豊富に含む②鶏白湯スープは低脂肪③豚骨スープのような動物臭がないことにある。国内外ともに集客の半数を女性客が占め、カナダのバンクーバー店では女性客で満席になることもしばしば。「飲食業をやっていこうと思ったら、女性の嗜好を取り入れないと繁盛しませんから」と工藤氏の経営哲学が反映されている。


「らーめん まる玉」の愛用食材 あおさ海苔(瀬戸内海産)

あおさ海苔(瀬戸内海産)

黒色でなくミネラルも豊富
海外でも人気のヘルシー海苔
あおさ海苔は宮城県から九州地方の沿岸に分布し、養殖が盛ん。「らーめん まる玉」では瀬戸内海産のものを使用している。温暖な気候にはぐくまれた瀬戸内海産のあおさ海苔は、戻すとグリーンが鮮やかとなり、磯の香りが漂う。黒色を嫌い、海藻を食べる習慣がほとんどない外国人にも、ノンカロリー、ミネラル成分豊富なヘルシー食材として大好評。塩味の鶏白湯との相性も申し分ない。


工藤 哲也(くどう・てつや)

工藤 哲也(くどう・てつや)

大学生のアルバイト時代から飲食業界一筋
1960年埼玉県鳩ヶ谷市生まれ。幼稚園児のころから料理に関心を持ち、自宅の台所で料理を始める。中・高・大学とバスケットボール部に所属。大学1年生のとき、バスケットボール部の先輩に誘われ、ウナギ割烹の老舗「宮川」でアルバイトをしたのが、飲食業界に入るきっかけに。その後も、あらゆる種類の飲食店を経験。その経験を生かして、27歳のとき、鳩ヶ谷でテリーヌや合鴨のローストなども売る惣菜弁当屋を開業。32歳、「前の店長がいなくなったとかで、いきなり頼まれて」西川口駅構内でラーメン店を開業。「それまでインスタントラーメンしか作ったことがなかったから、最初はひどいもんでしたね」と初日は2杯しか売れなかった。その後、紆余曲折を経て、「博多まるきんラーメン」の目黒店でアルバイト勤務。社長に直談判してチェーン店の経営法を学ぶ機会を得る。4年半勤務したのちに退職。その後、新規出店を計画中の経営者と出会い、メニュー開発の依頼を受ける。そのときに開発したのが、現在の「鶏白湯」の原型。結局、出店は見送られたが、許可を得て「絶対の自信があったスープ」とともに独立。2001年4月1日、くしくも40歳の誕生日の1日前に「らーめん まる玉」を開業。

adminラーメントレンド丼3杯に鶏がら2羽分の濃厚スープ 鶏白湯のパイオニア「らーめん まる玉」は2001年、埼玉県川口市でわずか6坪の店舗からスタートした。「開店当時から海外で店を持つことを考えていた」と言う工藤哲也社長は創業の志を実現し、現在の店舗数は国内より海外の方が多い。今や出店国はシンガポール、マレーシア、インドネシア、カナダ、中国の5ヵ国に達している。2007年にオープンしたシンガポール・セントラル店は、1日1000杯を売ったこともある繁盛店だ。「世界を目指すなら、今しかない!」と語る工藤氏に海外進出の可能性を取材した。 ラーメンは寿司の10倍の スピードで世界に浸透 「らーめん まる玉」といえば「鶏白湯」。その誕生は、ある偶然から始まった。工藤氏はかねてから「豚骨や魚介メーンのスープにプラスされる脇役じゃなくて、鶏が主役のスープを作りたい」と考えていた。当初の計画では清湯系の澄んだスープを作ろうと考えていたが、連日の疲れのせいで鶏がらを炊きながら、ついうたた寝。気付いたときには、焦げた臭いがした。 「これはヤバイ! と焦りましたね。あわててかき混ぜたら、ドロッと白濁する。やり直しかとがっかりしましたが、味見をしたら、これがおいしかったんです」と失敗が大成功に結びついた。これをベースに改良を加えた結果、ラーメン史上初の「鶏白湯」が誕生したというわけだ。 実は「鶏白湯」を考案する前から、工藤氏のまなざしは海外に向けられていた。海外で勝負するには、鶏は絶好の食材。というのは、豚や牛とは異なり、鶏なら宗教や食文化に関係なく世界中で食べられている。「鶏白湯」の味付けは塩だが、塩なら世界中どこでも手に入る。世界に通用するラーメンを作りたいという工藤氏の熱い思いが、「鶏白湯」を生み出したのだ。 国内のラーメン市場について、工藤氏は「すでに飽和状態」と分析する。「今のラーメン店は、どこもみんなおいしくて差別化が難しい。そうなると、駅前や飲食店街など人が集まるエリアに出店できるかどうかで、集客の成否が決まってしまいます。しかも人が集まる地域はラーメン店も多い。飽和状態の国内でお客さんを取り合っているよりも『若きラーメン店主よ、世界を目指そう!』と僕は言いたいですね」 さらに「今、出ないとチャンスはない」と言う。そして「ラーメンは寿司の10倍のスピードで世界に広まっていますからね。海外でもあっという間に飽和状態になると思います」と先を読む。出店のライバルは日本人だけではない。外国人が日本で修業して、海外で出店する例が後を絶たないという。国籍、民族、食文化を問わず、世界中の人の舌を魅了するラーメン。その可能性は計り知れない。 (詳細2面) ハラルに通用する鶏と塩 イスラム圏でオファーが殺到 2001年4月、JR川口駅西口で開業。開業当初、埼玉県内のラーメンマップを制作中という雑誌編集者が来店し、「巻頭ページにうちの店も入れてくれるようにお願いしたら、その雑誌の発売日の翌日から行列ができました」と言う。その後はとんとん拍子に繁盛し、国内店舗を増やしていく。 2007年、シンガポールに海外1号店をオープン。現在、国内4店舗、海外15店舗を直営、共同出資、FCの3つの方式で運営している。海外出店はまだまだ進行中で、2014年にもオーストラリアに出店を計画中。特にイスラム圏からの出店要請が多いのは、豚肉や牛肉を使用していない「鶏白湯」だから。すでにジャカルタには6店舗出店している。 「小麦を原材料とする食べ物のスタートが麺。国が豊かになるにしたがって、小麦が麺からパンへ、そしてケーキへと進化する。経済的に貧しい国にはケーキの文化はないけど、でも麺文化はあります。麺は、いうならば“世界共通のソウルフード”なんです。そして、日本のラーメンは麺文化の頂点にあると、僕は自負しています。つまり、ラーメンは世界で一番おいしいソウルフードと言っていいんじゃないかな。だからアジアでも欧米でも、全世界に通用するんです。そんな素晴らしい麺文化=ラーメンを日本人は持っているんだから、世界に出て行かないのはもったいないですよね」 工藤氏のこの言葉を実証するように「らーめん まる玉」の海外店は、「日本から本物のラーメンが来た」と、どの店も大盛況だ。 コラーゲンたっぷり 客の半数が女性客 「まる玉らーめん」のスープの特徴は、なんといっても、鶏がらをふんだんに使用していること。3杯につき2羽分の鶏がらが入っている。胴がら、身肉、もみじ、脂などあらゆる部位を使用し、ボロボロになるまで強火で煮込むことで、コラーゲンたっぷりの濃厚なスープが完成する。 麺は、研究の末に完成した特製ちぢれ麺。鶏白湯との絡み具合は絶妙だ。塩は海外では〝ピンク塩〟を、国内では沖縄産の海塩やモンゴルの岩塩を使用。カルシウム、マグネシウム、カリウムなどのミネラル成分を豊富に含む塩が、味付けの基礎となる。 「まる玉らーめん」のベースは鶏白湯の塩味で、これに卵、生からし、チャーシュー、青ネギ、角煮など好みの具をトッピングする。一番人気は「あおさ海苔」。ラーメンに海苔はつきものだが、黒い板海苔が苦手な工藤氏が「自分が食べられる海苔」を探して、たどりついたのがあおさ海苔。フレッシュな磯の風味が、鶏白湯スープと絶妙なマッチングだ。瀬戸内海産のものを使用し、年間の使用量1t分を確保して冷凍保存している。 さらにラーメンは男性食と思われがちだが、「まる玉らーめん」は女性ウケが抜群にいい。その理由は①美肌に欠かせないコラーゲンを豊富に含む②鶏白湯スープは低脂肪③豚骨スープのような動物臭がないことにある。国内外ともに集客の半数を女性客が占め、カナダのバンクーバー店では女性客で満席になることもしばしば。「飲食業をやっていこうと思ったら、女性の嗜好を取り入れないと繁盛しませんから」と工藤氏の経営哲学が反映されている。 「らーめん まる玉」の愛用食材 あおさ海苔(瀬戸内海産) 黒色でなくミネラルも豊富 海外でも人気のヘルシー海苔 あおさ海苔は宮城県から九州地方の沿岸に分布し、養殖が盛ん。「らーめん まる玉」では瀬戸内海産のものを使用している。温暖な気候にはぐくまれた瀬戸内海産のあおさ海苔は、戻すとグリーンが鮮やかとなり、磯の香りが漂う。黒色を嫌い、海藻を食べる習慣がほとんどない外国人にも、ノンカロリー、ミネラル成分豊富なヘルシー食材として大好評。塩味の鶏白湯との相性も申し分ない。 工藤 哲也(くどう・てつや) 大学生のアルバイト時代から飲食業界一筋 1960年埼玉県鳩ヶ谷市生まれ。幼稚園児のころから料理に関心を持ち、自宅の台所で料理を始める。中・高・大学とバスケットボール部に所属。大学1年生のとき、バスケットボール部の先輩に誘われ、ウナギ割烹の老舗「宮川」でアルバイトをしたのが、飲食業界に入るきっかけに。その後も、あらゆる種類の飲食店を経験。その経験を生かして、27歳のとき、鳩ヶ谷でテリーヌや合鴨のローストなども売る惣菜弁当屋を開業。32歳、「前の店長がいなくなったとかで、いきなり頼まれて」西川口駅構内でラーメン店を開業。「それまでインスタントラーメンしか作ったことがなかったから、最初はひどいもんでしたね」と初日は2杯しか売れなかった。その後、紆余曲折を経て、「博多まるきんラーメン」の目黒店でアルバイト勤務。社長に直談判してチェーン店の経営法を学ぶ機会を得る。4年半勤務したのちに退職。その後、新規出店を計画中の経営者と出会い、メニュー開発の依頼を受ける。そのときに開発したのが、現在の「鶏白湯」の原型。結局、出店は見送られたが、許可を得て「絶対の自信があったスープ」とともに独立。2001年4月1日、くしくも40歳の誕生日の1日前に「らーめん まる玉」を開業。あたらしい視点でラーメンを伝える情報誌!