キックボクサーから転身

キックボクサーから転身

2012-2013年 TRY新人賞 豚骨部門第1位」は「麺屋庄太」が受賞した。店主の下里庄太氏は元キックボクサー。「男に生まれたからには、己の身ひとつでひと花を咲かせたい」という野望を携え、弱冠20歳のときにキックボクシングの聖地、タイに渡る。プロのデビュー戦を果たすが、花は咲かなかった。失意のうちに帰国し、悶々とした日々を送る彼を救ったのがラーメン。「自分を信じてがむしゃらに進めば、必ず道が開けることをラーメンが教えてくれた」と語る下里店主のラーメン道を取材した。
麺屋庄太
所在地=神奈川県横須賀市津久井2─18─22
営業時間=午前11時〜午後10時、水曜定休
らぁ麺(並)650円


羽釜で独自の豚骨スープを極める

羽釜で独自の豚骨スープを極める

高校時代の下里青年は「自分で言うのもなんですが、スポーツは万能だったし、勉強も普通にできた。友達ともよく遊んでいましたが、どこか心から楽しめない。自分はこのままでいいのかな? というモヤモヤをいつも抱えていました」と言う。当時は「K─1」をはじめとした格闘技イベントの全盛期。下里青年はプロのキックボクサーとして成功することを夢見て、タイに渡る。「日本を脱出して厳しい環境に身を置きたかった。くさい言い方をすれば、自分探しの旅だったんでしょうね」と振り返る。
しかし、タイでは夢を見つけられなかった。「苦しいトレーニングをイヤな顔ひとつしないで、楽しそうにこなしている仲間を見ると、彼らは本当にキックボクシングが好きなんだと思いましたね。でも自分は夢中になれない。自分がやりたいことは、これじゃないんだと思い知らされました」と高校時代から抱えてきた焦燥感を吹っ切れないまま、1年で帰国。
そんなある日、ラーメンと出合う。「あるとき、ふと横浜までラーメンを食べに行こうと思ったんです。出歩くのはそんなに好きじゃないのに、オレってラーメンだとわざわざ出かけるんだと、自分でも少し意外な感じ。〝好き〟っていうのは、こういうことなんだと思いました」。ストイックに自分を追い詰めることで、道を開こうともがいていた下里店主に〝ラーメンの神様〟がほほ笑みかけた瞬間だった。
「どうせやるなら、ラーメン界のてっぺんを見たい」と神奈川県秦野の有名店の門をたたく。店主から学んだことは、ラーメンに向き合う姿勢。特にお客さんに対するホスピタリティーは徹底していた。店は舞台、お客さんは観客、自分が何をしていても見られていることを意識することをたたき込まれた。
「毎日、緊張のしまくりだったけど楽しかった。スープを炊いているところを夜通し見ていても飽きませんでしたね」とラーメンにどんどんのめり込んでいった。「初めて自分が描く夢と現実が一致した」と言う。その後、2店で修業を積み、31歳のときに「麺屋庄太」を開業。今や押しも押されもしない繁盛店だ。20代の10年間をひたすらラーメンとともに歩んできた証しがそこにある。


がむしゃらに〝うまい〟を追求 不便で遠くても客は来る

がむしゃらに〝うまい〟を追求 不便で遠くても客は来る

開業は2012年3月。立地条件は京急本線・津久井浜駅前。横浜から京急本線の特快で44分とかなり遠い。駅前だというのに、人通りもまばらだ。「お金がなかったから、ここしか借りられなかったんです。本当にうまいラーメンを作れば、遠かろうと、不便な所だろうがお客さんは来ると、心が折れそうになったときは自分に言い聞かせていました。でも不思議と不安はなかったですけどね」。自己資金ほぼ0円の状態で開業。店舗の賃貸契約に必要な保証金は親戚から借り、積立てていた子ども手当までつぎ込んだが、この立地ではやはり客足は鈍く、1日の売上げが2万円という日も。
さらに追い打ちをかけるような事件が起きる。開店した年の11月、夜半の不審火が原因で店内が全焼。ほぼ全財産をつぎ込み、人から借金までして開店した店が台なしに。普通なら再起不能の状態に陥るところだが、下里店主は違った。20日後には店を再開させたのだ。「TRY新人賞の受賞も決まっていたし、評判になりかけていたこともあって、すぐに銀行の融資が受けられたんです。火事の前より内装にお金がかけられました」。さらに火事のおかげで店が注目を集め、集客が勢いづいた。まさに災い転じて福となす。「ずーっと頑張ってきたから、ラーメンの神様が火事をプレゼントしてくれたのかな? なんて思ったりして」。
店舗規模は10坪、15席。平均客単価は900円。来客数は平日250~300人、週末は350~400人という盛況ぶりだ。


羽釜で炊くスープは うま味と時短の一挙両得

羽釜で炊くスープは うま味と時短の一挙両得

「麵屋庄太」の調理の特徴は、スープを「羽釜」で炊くことにある。厨房の広さから考えて、スープを炊く鍋は2つまでしか置けない。多いときで1日400食、26〜27回転をまわしていくためには、スープを短時間で効率よく仕上げる必要がある。そうかといって、スープのうま味に手を抜くことはできない。下里店主はこれまでの経験から寸胴鍋では「追いつかない」と判断した。
加熱時間は従来よりも短縮でき、しかし長時間煮込んだような濃厚なうま味を出すにはどうしたらいいのか? 悩んだ末にひらめいたのが「羽釜」だった。
鍋底に丸みのある羽釜は、熱をスムーズに対流させることができ、短時間で寸胴鍋では届かない領域のうま味が出せる。しかし、短時間でスープが炊けるということは、すぐに粘度が出て鍋底が焦げ付きやすいという欠点をもっている。下里店主は「常時混ぜて、愛情を注がないとうまいスープは作れません。焦げができるのは、スープを気遣っていない〝なまけ者のスープ〟ですね」と言う。
羽釜2つのうち、小さい鍋はゲンコツを炊く〝深みのスープ〟。大きい鍋は背骨、肩骨、鶏がらを炊く〝味のスープ〟。炊き上がった味のスープを深みのスープの鍋に加えることで、下里店主が目指すスープが完成する。それは濃厚だけど脂っぽくなく、クリーミーだけどあっさりしているという相反する要素を1つの丼の中で実現するスープだ。下里店主はこのスープを開店から閉店までの11時間、休憩を入れることなく、ひたすら見守り続けている。

午前11時から午後10時まで休憩時間なしで店を開いている。その間、客足は絶えることはない。週末には必ず行列ができる


麺屋庄太の愛用食材

ヤマサ 新味醤油 ヤマサ醤油(千葉県銚子市)

ヤマサ 新味醤油 ヤマサ醤油(千葉県銚子市)
うま味深くスープにコクが出る
「本醸造ヤマサしょうゆ」に配合調味料のうま味を加えたまろやかな味。明るい色合いで、料理が鮮やかに仕上がるのが特徴。「『まるげん食堂』時代から使っています。普通の醤油よりもグルタミン酸を多く含むので、うま味が強い。初めてなめてみたとき、うまい!と思い、それ以来、愛用しています。豚骨スープにはこの醤油のうま味が作り出すシンプルなたれがピッタリですね」と下里店主。
規格=1.8L(常温)


下里 庄太(しもさと・しょうた)

下里 庄太(しもさと・しょうた)

ラーメンで“てっぺん”を目指す
1981年神奈川県三浦市生まれ。高校卒業後、長距離トラックの運転手の仕事で貯めた軍資金を手にキックボクサーの修業のために単身タイに渡る。20歳のときの出来事である。プロデビューを果たすが1年後に帰国。日本でもジムに通い続けるが、足の小指を骨折したのをきっかけにキックボクサーの道を断念。その後、ふとしたきっかけでラーメンに出合い、「どうせ修業するなら日本一の店でやりたい」と神奈川県秦野にある有名店で3年間の修業を積む。店主から授けられた多大な教えを胸に、次の修業の場である「横横家」に向かう。「家系ラーメンを学ぶなら、総本山の『吉村家』の直系店しかないと思った」と言う。2年間の修業後、「まるげんフーズ」に移り、「まるげん食堂」を任されて、初めて自分の味の豚骨ラーメンを作る。新規ブランドの立ち上げとフランチャイズ展開を経験したのちに31歳で独立。「麺屋庄太」を開業する。

adminラーメントレンドキックボクサーから転身 2012-2013年 TRY新人賞 豚骨部門第1位」は「麺屋庄太」が受賞した。店主の下里庄太氏は元キックボクサー。「男に生まれたからには、己の身ひとつでひと花を咲かせたい」という野望を携え、弱冠20歳のときにキックボクシングの聖地、タイに渡る。プロのデビュー戦を果たすが、花は咲かなかった。失意のうちに帰国し、悶々とした日々を送る彼を救ったのがラーメン。「自分を信じてがむしゃらに進めば、必ず道が開けることをラーメンが教えてくれた」と語る下里店主のラーメン道を取材した。 麺屋庄太 所在地=神奈川県横須賀市津久井2─18─22 営業時間=午前11時〜午後10時、水曜定休 らぁ麺(並)650円 羽釜で独自の豚骨スープを極める 高校時代の下里青年は「自分で言うのもなんですが、スポーツは万能だったし、勉強も普通にできた。友達ともよく遊んでいましたが、どこか心から楽しめない。自分はこのままでいいのかな? というモヤモヤをいつも抱えていました」と言う。当時は「K─1」をはじめとした格闘技イベントの全盛期。下里青年はプロのキックボクサーとして成功することを夢見て、タイに渡る。「日本を脱出して厳しい環境に身を置きたかった。くさい言い方をすれば、自分探しの旅だったんでしょうね」と振り返る。 しかし、タイでは夢を見つけられなかった。「苦しいトレーニングをイヤな顔ひとつしないで、楽しそうにこなしている仲間を見ると、彼らは本当にキックボクシングが好きなんだと思いましたね。でも自分は夢中になれない。自分がやりたいことは、これじゃないんだと思い知らされました」と高校時代から抱えてきた焦燥感を吹っ切れないまま、1年で帰国。 そんなある日、ラーメンと出合う。「あるとき、ふと横浜までラーメンを食べに行こうと思ったんです。出歩くのはそんなに好きじゃないのに、オレってラーメンだとわざわざ出かけるんだと、自分でも少し意外な感じ。〝好き〟っていうのは、こういうことなんだと思いました」。ストイックに自分を追い詰めることで、道を開こうともがいていた下里店主に〝ラーメンの神様〟がほほ笑みかけた瞬間だった。 「どうせやるなら、ラーメン界のてっぺんを見たい」と神奈川県秦野の有名店の門をたたく。店主から学んだことは、ラーメンに向き合う姿勢。特にお客さんに対するホスピタリティーは徹底していた。店は舞台、お客さんは観客、自分が何をしていても見られていることを意識することをたたき込まれた。 「毎日、緊張のしまくりだったけど楽しかった。スープを炊いているところを夜通し見ていても飽きませんでしたね」とラーメンにどんどんのめり込んでいった。「初めて自分が描く夢と現実が一致した」と言う。その後、2店で修業を積み、31歳のときに「麺屋庄太」を開業。今や押しも押されもしない繁盛店だ。20代の10年間をひたすらラーメンとともに歩んできた証しがそこにある。 がむしゃらに〝うまい〟を追求 不便で遠くても客は来る 開業は2012年3月。立地条件は京急本線・津久井浜駅前。横浜から京急本線の特快で44分とかなり遠い。駅前だというのに、人通りもまばらだ。「お金がなかったから、ここしか借りられなかったんです。本当にうまいラーメンを作れば、遠かろうと、不便な所だろうがお客さんは来ると、心が折れそうになったときは自分に言い聞かせていました。でも不思議と不安はなかったですけどね」。自己資金ほぼ0円の状態で開業。店舗の賃貸契約に必要な保証金は親戚から借り、積立てていた子ども手当までつぎ込んだが、この立地ではやはり客足は鈍く、1日の売上げが2万円という日も。 さらに追い打ちをかけるような事件が起きる。開店した年の11月、夜半の不審火が原因で店内が全焼。ほぼ全財産をつぎ込み、人から借金までして開店した店が台なしに。普通なら再起不能の状態に陥るところだが、下里店主は違った。20日後には店を再開させたのだ。「TRY新人賞の受賞も決まっていたし、評判になりかけていたこともあって、すぐに銀行の融資が受けられたんです。火事の前より内装にお金がかけられました」。さらに火事のおかげで店が注目を集め、集客が勢いづいた。まさに災い転じて福となす。「ずーっと頑張ってきたから、ラーメンの神様が火事をプレゼントしてくれたのかな? なんて思ったりして」。 店舗規模は10坪、15席。平均客単価は900円。来客数は平日250~300人、週末は350~400人という盛況ぶりだ。 羽釜で炊くスープは うま味と時短の一挙両得 「麵屋庄太」の調理の特徴は、スープを「羽釜」で炊くことにある。厨房の広さから考えて、スープを炊く鍋は2つまでしか置けない。多いときで1日400食、26〜27回転をまわしていくためには、スープを短時間で効率よく仕上げる必要がある。そうかといって、スープのうま味に手を抜くことはできない。下里店主はこれまでの経験から寸胴鍋では「追いつかない」と判断した。 加熱時間は従来よりも短縮でき、しかし長時間煮込んだような濃厚なうま味を出すにはどうしたらいいのか? 悩んだ末にひらめいたのが「羽釜」だった。 鍋底に丸みのある羽釜は、熱をスムーズに対流させることができ、短時間で寸胴鍋では届かない領域のうま味が出せる。しかし、短時間でスープが炊けるということは、すぐに粘度が出て鍋底が焦げ付きやすいという欠点をもっている。下里店主は「常時混ぜて、愛情を注がないとうまいスープは作れません。焦げができるのは、スープを気遣っていない〝なまけ者のスープ〟ですね」と言う。 羽釜2つのうち、小さい鍋はゲンコツを炊く〝深みのスープ〟。大きい鍋は背骨、肩骨、鶏がらを炊く〝味のスープ〟。炊き上がった味のスープを深みのスープの鍋に加えることで、下里店主が目指すスープが完成する。それは濃厚だけど脂っぽくなく、クリーミーだけどあっさりしているという相反する要素を1つの丼の中で実現するスープだ。下里店主はこのスープを開店から閉店までの11時間、休憩を入れることなく、ひたすら見守り続けている。 午前11時から午後10時まで休憩時間なしで店を開いている。その間、客足は絶えることはない。週末には必ず行列ができる 麺屋庄太の愛用食材 ヤマサ 新味醤油 ヤマサ醤油(千葉県銚子市) うま味深くスープにコクが出る 「本醸造ヤマサしょうゆ」に配合調味料のうま味を加えたまろやかな味。明るい色合いで、料理が鮮やかに仕上がるのが特徴。「『まるげん食堂』時代から使っています。普通の醤油よりもグルタミン酸を多く含むので、うま味が強い。初めてなめてみたとき、うまい!と思い、それ以来、愛用しています。豚骨スープにはこの醤油のうま味が作り出すシンプルなたれがピッタリですね」と下里店主。 規格=1.8L(常温) 下里 庄太(しもさと・しょうた) ラーメンで“てっぺん”を目指す 1981年神奈川県三浦市生まれ。高校卒業後、長距離トラックの運転手の仕事で貯めた軍資金を手にキックボクサーの修業のために単身タイに渡る。20歳のときの出来事である。プロデビューを果たすが1年後に帰国。日本でもジムに通い続けるが、足の小指を骨折したのをきっかけにキックボクサーの道を断念。その後、ふとしたきっかけでラーメンに出合い、「どうせ修業するなら日本一の店でやりたい」と神奈川県秦野にある有名店で3年間の修業を積む。店主から授けられた多大な教えを胸に、次の修業の場である「横横家」に向かう。「家系ラーメンを学ぶなら、総本山の『吉村家』の直系店しかないと思った」と言う。2年間の修業後、「まるげんフーズ」に移り、「まるげん食堂」を任されて、初めて自分の味の豚骨ラーメンを作る。新規ブランドの立ち上げとフランチャイズ展開を経験したのちに31歳で独立。「麺屋庄太」を開業する。あたらしい視点でラーメンを伝える情報誌!