県外に出て郷土愛に気付く

「一風堂」博多地区のエリアマネジャーを経験し、39歳のときに、ニューヨーク店のオープニングスタッフを務めた人物が、地元の鹿児島に戻って開業したのが「薩摩 思無邪(しむじゃ)」。「地元を離れたことで、自分の中にある故郷への熱い思いを知った」と前村敬一店主は語る。彼が描く未来ビジョンは、単に「地元でラーメン店を繁盛させる」ことにとどまらない。ラーメンを軸にして鹿児島文化を県外に、さらにその先へと発信することにある。その第一歩となる「薩摩 思無邪」を取材した。


薩摩づくしの おもてなしを 目指す

薩摩づくしの おもてなしを 目指す

鹿児島市街から10㎞以上も離れた片田舎の故郷で裸一貫のゼロから再出発
前村店主の経歴はユニークだ。子どものころから野球一筋で、スポーツ推薦で大学に進学。プロ野球選手としての将来を嘱望されたが、腰の故障で断念を余儀なくされ、大学卒業後は証券会社に就職した。「将来、事業を起こしたいと思っていたので、証券会社の仕事を通して経営の勉強ができればと思いました」と言うが、当時はその事業が「ラーメン店経営」になるとは考えていなかった。
前村店主がラーメン業界に進む転機となったのが、35歳のとき。一風堂でゼネラルマネジャーを務めていた大学時代の同級生の誘いを受けて、同社に入社。その後、ニューヨーク店のオープニングスタッフとして渡米し、同店の立ち上げに参加する。
平均睡眠時間2時間という怒涛の3ヵ月を経験して帰国。その後も、一風堂の新規事業開発に携わるが、地元を離れて活躍するほどに地元への愛着が募っていった。2011年、41歳のとき一風堂を退職。地元、鹿児島に戻り、いよいよ自分の店の立ち上げに踏み出すことになる。
「博多やニューヨークでラーメンを作っているうちに、生まれ故郷の地元のものを使って、地元の人たちと一緒に、地元のラーメンを作りたいと思うようになりました。それと僕の中にはラーメンだけではなく、ラーメンを軸として鹿児島が誇る文化を伝えていきたいという思いが強くありましたね」と前村店主は語る。薩摩の特産品をつまみに、薩摩切子のグラスで薩摩焼酎を飲み、薩摩ラーメンで締める……〝薩摩づくし〟を提供するというのが、前村店主が描くラーメン店だ。
少年時代からの夢だったプロ野球選手を断念して証券マンに。さらに、まったくの畑違いのラーメン業界へ。まるで〝ラーメンの神様〟に導かれるように、自分が本来目指していたことに気付き、現在、その実現に向けて邁進中だ。
店名の〝思無邪〟とは、論語の中に一説で、「思いよこしまなし」と読む。薩摩藩主・島津斉彬の座右の銘として知られている。「心情をありのままに発し、偽り飾るところがない」という意味だ。自身が描くラーメン道をひた走り、郷土愛を貫く前村店主の心意気を表す言葉である。


薩摩 思無邪 薩摩ラーメン (600円)

薩摩 思無邪 薩摩ラーメン (600円)

所在地=鹿児島県鹿児島市坂之上6丁目28─55
鹿児島国際大学正門前
営業時間=午前11時~午後3時、6時~10時、無休

薩摩 思無邪 博多ラーメン (600円)

薩摩 思無邪 博多ラーメン (600円)

麺は博多ラーメン定番の細麺ストレート。
現在、注文数は薩摩:博多=6:4になっている


街中ではなく あえて片田舎の故郷に

街中ではなく あえて片田舎の故郷に

開業は2011年9月。店舗立地はJR九州・鹿児島中央駅から車で約30分、鹿児島国際大学正門のすぐ近く。周囲は緑豊な住宅街で、前村店長の実家が徒歩数分のところにある。繁華街に出店することも考えたが、「地道なところからスタートして着実に発展していきたい」との思いから、あえてこの場所を選んだ。有利な立地では決してないが、ネットで評判が伝わり、九州はもとより本州からの来店者も多い。
宣伝は一切しない。「雑誌やテレビで取り上げられて、一時的に売れても意味がありませんから」とあくまでも自分のやり方を貫くところは、さすが質実剛健を旨とする“薩摩隼人”。一風堂の河原成美社長の教えである「毎日が創業」を実践している。
店舗規模は8坪、10席。客単価は750円。来店者数は開店以来2年間、右肩上がりを続けている。


黒豚の臭みのない クリーミーなスープ

市街から車で来店する熱狂的なファンが多い

市街から車で来店する熱狂的なファンが多い

スープは鹿児島産と宮崎産の黒豚の頭、ゲンコツ、背骨を13時間炊いて作る。豚骨スープの濃厚さはあるが、臭みがないのが特徴。「黒豚を使うとうま味が出やすく、スープがクリーミーになるんです」と前村店主。
麺は、薩摩ラーメンは中太ちぢれ麺。博多ラーメンは細麺ストレート。豚骨スープは細麺ストレートが定番だが、薩摩ラーメンはあえて中太ちぢれ麺にし、しかも麺の長さは通常27㎝あるところを17㎝と短めにした。「中太のちぢれ麺にすると、濃厚なスープとよく絡むんです。それに短い麺の方がすすりやすく、食べやすいですしね」
たれに使用している醤油は、一般家庭でも使われている「かねよ」のもの。鹿児島県民なら誰もが子どものころからなじんできた味で、「地元のものを使ったラーメンを作る」という前村店主のこだわりのひとつだ。ニンニク、ショウガ、昆布を炊き、冷めてから醤油、みりん、酒などで調味してひと晩寝かせる。
具はチャーシュー、青ネギ、キクラゲ。もちろんチャーシューは黒豚。醤油とみりんで弱火でコトコト3~4時間煮込み、盛り付ける前にスライスしたものをフライパンで焼き、香ばしさを出す。薩摩ラーメンは黒豚の背油、博多ラーメンはラードでうま味をプラスする。


薩摩 思無邪の愛用食材

かねよ 母ゆずり うすくち天然だし こいくち

かねよ 母ゆずり
うすくち天然だし こいくち

横山味噌醤油醸造店
鹿児島県鹿児島市南栄3丁目30─2
規格=1.8L

県民の舌になじむおふくろの味
創業1912年の味噌醤油醸造店が作るコクと甘味のある醤油。18ヵ月という長い時間をかけて、大豆のうま味をじっくり抽出した天然醸造生揚。麦の香ばしい「香り」と「甘味」をたっぷり引き出したアミノ酸液をブレンドしている。「何十種類もの醤油を取り寄せて試しましたが、やはり子どものころからなじんだこの味しかないと思いましたね。うちのラーメンはこの醤油なしには成り立ちません」と前村店主。


前村 敬一(まえむら・けいいち)

前村 敬一(まえむら・けいいち)

証券マンからラーメン店主へ転身
1969年、鹿児島市生まれ。
高校球児だった前村少年は、その才能を見込まれて、博多にある大学に推薦入学を果たす。野球部の主将を務めるが、大学4年の夏、腰の故障で野球人生にピリオドを打つ。「就活が完全に終わっている時期だったので、博多の証券会社に飛び込みの就活をして決めました」とバイタリティーは昔も今も変わらない。
順調に証券マン人生を歩んでいたが、独立して事業を始めたいという志を抱き続ける。おりしも、一風堂でゼネラルマネジャーを務めていた大学時代の同級生の誘いを受けて、35歳で一風堂に入社。39歳のときにニューヨーク店の立ち上げに携わり、3ヵ月のニューヨーク滞在を経て帰国。海外を経験したことで地元、鹿児島への愛着を再確認し、41歳のときに地元でラーメン店「薩摩 思無邪」を開業。

adminラーメントレンド県外に出て郷土愛に気付く 「一風堂」博多地区のエリアマネジャーを経験し、39歳のときに、ニューヨーク店のオープニングスタッフを務めた人物が、地元の鹿児島に戻って開業したのが「薩摩 思無邪(しむじゃ)」。「地元を離れたことで、自分の中にある故郷への熱い思いを知った」と前村敬一店主は語る。彼が描く未来ビジョンは、単に「地元でラーメン店を繁盛させる」ことにとどまらない。ラーメンを軸にして鹿児島文化を県外に、さらにその先へと発信することにある。その第一歩となる「薩摩 思無邪」を取材した。 薩摩づくしの おもてなしを 目指す 鹿児島市街から10㎞以上も離れた片田舎の故郷で裸一貫のゼロから再出発 前村店主の経歴はユニークだ。子どものころから野球一筋で、スポーツ推薦で大学に進学。プロ野球選手としての将来を嘱望されたが、腰の故障で断念を余儀なくされ、大学卒業後は証券会社に就職した。「将来、事業を起こしたいと思っていたので、証券会社の仕事を通して経営の勉強ができればと思いました」と言うが、当時はその事業が「ラーメン店経営」になるとは考えていなかった。 前村店主がラーメン業界に進む転機となったのが、35歳のとき。一風堂でゼネラルマネジャーを務めていた大学時代の同級生の誘いを受けて、同社に入社。その後、ニューヨーク店のオープニングスタッフとして渡米し、同店の立ち上げに参加する。 平均睡眠時間2時間という怒涛の3ヵ月を経験して帰国。その後も、一風堂の新規事業開発に携わるが、地元を離れて活躍するほどに地元への愛着が募っていった。2011年、41歳のとき一風堂を退職。地元、鹿児島に戻り、いよいよ自分の店の立ち上げに踏み出すことになる。 「博多やニューヨークでラーメンを作っているうちに、生まれ故郷の地元のものを使って、地元の人たちと一緒に、地元のラーメンを作りたいと思うようになりました。それと僕の中にはラーメンだけではなく、ラーメンを軸として鹿児島が誇る文化を伝えていきたいという思いが強くありましたね」と前村店主は語る。薩摩の特産品をつまみに、薩摩切子のグラスで薩摩焼酎を飲み、薩摩ラーメンで締める……〝薩摩づくし〟を提供するというのが、前村店主が描くラーメン店だ。 少年時代からの夢だったプロ野球選手を断念して証券マンに。さらに、まったくの畑違いのラーメン業界へ。まるで〝ラーメンの神様〟に導かれるように、自分が本来目指していたことに気付き、現在、その実現に向けて邁進中だ。 店名の〝思無邪〟とは、論語の中に一説で、「思いよこしまなし」と読む。薩摩藩主・島津斉彬の座右の銘として知られている。「心情をありのままに発し、偽り飾るところがない」という意味だ。自身が描くラーメン道をひた走り、郷土愛を貫く前村店主の心意気を表す言葉である。 薩摩 思無邪 薩摩ラーメン (600円) 所在地=鹿児島県鹿児島市坂之上6丁目28─55 鹿児島国際大学正門前 営業時間=午前11時~午後3時、6時~10時、無休 薩摩 思無邪 博多ラーメン (600円) 麺は博多ラーメン定番の細麺ストレート。 現在、注文数は薩摩:博多=6:4になっている 街中ではなく あえて片田舎の故郷に 開業は2011年9月。店舗立地はJR九州・鹿児島中央駅から車で約30分、鹿児島国際大学正門のすぐ近く。周囲は緑豊な住宅街で、前村店長の実家が徒歩数分のところにある。繁華街に出店することも考えたが、「地道なところからスタートして着実に発展していきたい」との思いから、あえてこの場所を選んだ。有利な立地では決してないが、ネットで評判が伝わり、九州はもとより本州からの来店者も多い。 宣伝は一切しない。「雑誌やテレビで取り上げられて、一時的に売れても意味がありませんから」とあくまでも自分のやり方を貫くところは、さすが質実剛健を旨とする“薩摩隼人”。一風堂の河原成美社長の教えである「毎日が創業」を実践している。 店舗規模は8坪、10席。客単価は750円。来店者数は開店以来2年間、右肩上がりを続けている。 黒豚の臭みのない クリーミーなスープ 市街から車で来店する熱狂的なファンが多い スープは鹿児島産と宮崎産の黒豚の頭、ゲンコツ、背骨を13時間炊いて作る。豚骨スープの濃厚さはあるが、臭みがないのが特徴。「黒豚を使うとうま味が出やすく、スープがクリーミーになるんです」と前村店主。 麺は、薩摩ラーメンは中太ちぢれ麺。博多ラーメンは細麺ストレート。豚骨スープは細麺ストレートが定番だが、薩摩ラーメンはあえて中太ちぢれ麺にし、しかも麺の長さは通常27㎝あるところを17㎝と短めにした。「中太のちぢれ麺にすると、濃厚なスープとよく絡むんです。それに短い麺の方がすすりやすく、食べやすいですしね」 たれに使用している醤油は、一般家庭でも使われている「かねよ」のもの。鹿児島県民なら誰もが子どものころからなじんできた味で、「地元のものを使ったラーメンを作る」という前村店主のこだわりのひとつだ。ニンニク、ショウガ、昆布を炊き、冷めてから醤油、みりん、酒などで調味してひと晩寝かせる。 具はチャーシュー、青ネギ、キクラゲ。もちろんチャーシューは黒豚。醤油とみりんで弱火でコトコト3~4時間煮込み、盛り付ける前にスライスしたものをフライパンで焼き、香ばしさを出す。薩摩ラーメンは黒豚の背油、博多ラーメンはラードでうま味をプラスする。 薩摩 思無邪の愛用食材 かねよ 母ゆずり うすくち天然だし こいくち 横山味噌醤油醸造店 鹿児島県鹿児島市南栄3丁目30─2 規格=1.8L 県民の舌になじむおふくろの味 創業1912年の味噌醤油醸造店が作るコクと甘味のある醤油。18ヵ月という長い時間をかけて、大豆のうま味をじっくり抽出した天然醸造生揚。麦の香ばしい「香り」と「甘味」をたっぷり引き出したアミノ酸液をブレンドしている。「何十種類もの醤油を取り寄せて試しましたが、やはり子どものころからなじんだこの味しかないと思いましたね。うちのラーメンはこの醤油なしには成り立ちません」と前村店主。 前村 敬一(まえむら・けいいち) 証券マンからラーメン店主へ転身 1969年、鹿児島市生まれ。 高校球児だった前村少年は、その才能を見込まれて、博多にある大学に推薦入学を果たす。野球部の主将を務めるが、大学4年の夏、腰の故障で野球人生にピリオドを打つ。「就活が完全に終わっている時期だったので、博多の証券会社に飛び込みの就活をして決めました」とバイタリティーは昔も今も変わらない。 順調に証券マン人生を歩んでいたが、独立して事業を始めたいという志を抱き続ける。おりしも、一風堂でゼネラルマネジャーを務めていた大学時代の同級生の誘いを受けて、35歳で一風堂に入社。39歳のときにニューヨーク店の立ち上げに携わり、3ヵ月のニューヨーク滞在を経て帰国。海外を経験したことで地元、鹿児島への愛着を再確認し、41歳のときに地元でラーメン店「薩摩 思無邪」を開業。あたらしい視点でラーメンを伝える情報誌!