「蜂屋」と「青葉」が旭川文化を牽引

「蜂屋」と「青葉」が旭川文化を牽引

旭川は北海道の中央部に位置し、昔から北海道の物流の拠点となっている。海とは無縁の地にありながら、海産物も豊富に流通している。人口、産業、すべての面で札幌に次ぐ北海道第二の都市である旭川は、ラーメンにおいても全国屈指の札幌ラーメンに負けるとも劣らぬ文化を持っている。ラーメン店の数も多いし、ラーメンに対する意識も高い。その根源には、札幌とは全く違う生い立ちを持っている。
戦前の旭川ラーメンは、札幌のラーメン文化の元祖である「竹家食堂」が旭川に「芳蘭」という支店の中華料理店を出したことや、札幌の百貨店「丸井今井」ではやった中華そばが旭川の同店に店を出すなど、札幌の亜流的な位置付けであった。
それに対し戦後は、1947年から「蜂屋」「青葉」の2店が店を出し、札幌とは違った海産物をだしに使うラーメンを開発し、独自の食感を持った麺を導入した。戦前はいずれも横浜、東京から発信された麺文化であったのに対し、戦後はそれぞれ全く違った道を歩みはじめた。
全国的な大ブームを巻き起こした札幌ラーメンのキーワードは、味噌味と加水の高い黄色く太い麺。対する旭川ラーメンは、加水率の低い、色白の縮れ麺が特徴である。水分が少ないから、スープを吸収し、縮れているからスープをよく絡める。麺とスープの一体感といったバランスでは、このうえない特徴を出している。札幌ラーメンの麺のコシと歯応えとは違う、粉の香りと歯ぎれという新しい定義を確立した。
また、厳寒の地のため脂を多く使う。スープの表面に浮かぶ脂が、湯気を立てずに熱を逃がさない役割を果たしている。スープの基本は醤油味で具材もシンプル。札幌のように野菜をのせたりする店は少ない。
旭川ラーメンが支持された理由は、醤油だれをベースにしながらスープ自体にも力強さを持っているところにある。海産物のうま味を生かしたところも、札幌や九州とは違ったアクセントとなった。
ここ数年、旭川ラーメンが札幌にも出店して人気を呼んでいた。1997年には「旭川ラーメン村」もでき、旭川は市をあげてラーメンの振興に取り組んだ。首都圏でも本場旭川の味を出す店が数店名乗りを上げた。
また、1997年、新横浜ラーメン博物館に「青葉」が1年間の期間限定で出店したことで、旭川ラーメンは一躍脚光を浴びた。続いて99年に「蜂屋」が出店するなど、札幌、函館に続く北海道3番目のご当地ラーメンとして認知度を高めていった。


加水率の低い色白の縮れ麺 旭川らぅめん 青葉

加水率の低い色白の縮れ麺 旭川らぅめん 青葉

醤油ラーメン(750円)
創業当時の炊き出しを堅守

旭川らぅめん 青葉
北海道旭川市2条8丁目2条ビル名店街

1947年創業。豚骨、鶏がらをベースに利尻昆布、鰹節、煮干しなどを入れ、沸騰させずに弱火で煮出したスープが自慢。三代目・村山有一氏が、創業当時の炊き出し方を守り続けている。

醤油味ながら力強い濃厚スープ 旭川ラーメン 蜂屋

醤油味ながら力強い濃厚スープ 旭川ラーメン 蜂屋

しょうゆラーメン(700円)
重厚なダブルスープ

旭川ラーメン 蜂屋
北海道旭川市5条7右6

1947年の創業。豚骨スープと鯵節スープをブレンドしたダブルスープが自慢。鰹節を使った特製のラードが浮かび、ラードの濃さが選べる。重みのある旭川伝統の醤油味を守り続けている。


旭川ラーメン事情

老舗店とニューウエーブが切磋琢磨
味噌と豚骨も盛況、札幌にも進出

旭川ラーメンは「蜂屋」「青葉」「天金」などの老舗組と、古くは1968年に旭川の地で味噌ラーメンを普及させた「よし乃」、そして1988年に創業し全国区となった「山頭火」から始まったニューウエーブ系の2つに大別できる。
老舗組は前述で紹介されているので、このコラムではニューウエーブ系にスポットを当て紹介する。「よし乃」「山頭火」出現後の1996年、旭川では珍しかったこってり豚骨系ラーメンをメーンとした「ら〜めん蔵」がオープンした。同店は創業以来、ニューウエーブ系の代表格として高い評価を受けている。そして2001年にオープンした「らーめん橙や」もこってり豚骨系のニューウエーブ。現在は旭川市に2店舗、札幌市に3店舗と拡大し、「正月ヤ(2005年)」や「富蔵(2008年)」などセカンドブランドも展開。いずれも人気を博している。
札幌市内で人気の旭川ラーメンもある。その代表格が「旭川らーめん むら山」。店主は旭川ラーメンの老舗「天金」の出身者。もう一店は「旭川らー麺くさび」。こちらは「よし乃」同様に味噌ラーメンが人気で、赤味噌、黒味噌、合わせ味噌、麦味噌、白味噌と5種類から選べる。
老舗店とニューウエーブが切磋琢磨し旭川のラーメンは常に進化を遂げている。

adminご当地ラーメン徹底研究「蜂屋」と「青葉」が旭川文化を牽引 旭川は北海道の中央部に位置し、昔から北海道の物流の拠点となっている。海とは無縁の地にありながら、海産物も豊富に流通している。人口、産業、すべての面で札幌に次ぐ北海道第二の都市である旭川は、ラーメンにおいても全国屈指の札幌ラーメンに負けるとも劣らぬ文化を持っている。ラーメン店の数も多いし、ラーメンに対する意識も高い。その根源には、札幌とは全く違う生い立ちを持っている。 戦前の旭川ラーメンは、札幌のラーメン文化の元祖である「竹家食堂」が旭川に「芳蘭」という支店の中華料理店を出したことや、札幌の百貨店「丸井今井」ではやった中華そばが旭川の同店に店を出すなど、札幌の亜流的な位置付けであった。 それに対し戦後は、1947年から「蜂屋」「青葉」の2店が店を出し、札幌とは違った海産物をだしに使うラーメンを開発し、独自の食感を持った麺を導入した。戦前はいずれも横浜、東京から発信された麺文化であったのに対し、戦後はそれぞれ全く違った道を歩みはじめた。 全国的な大ブームを巻き起こした札幌ラーメンのキーワードは、味噌味と加水の高い黄色く太い麺。対する旭川ラーメンは、加水率の低い、色白の縮れ麺が特徴である。水分が少ないから、スープを吸収し、縮れているからスープをよく絡める。麺とスープの一体感といったバランスでは、このうえない特徴を出している。札幌ラーメンの麺のコシと歯応えとは違う、粉の香りと歯ぎれという新しい定義を確立した。 また、厳寒の地のため脂を多く使う。スープの表面に浮かぶ脂が、湯気を立てずに熱を逃がさない役割を果たしている。スープの基本は醤油味で具材もシンプル。札幌のように野菜をのせたりする店は少ない。 旭川ラーメンが支持された理由は、醤油だれをベースにしながらスープ自体にも力強さを持っているところにある。海産物のうま味を生かしたところも、札幌や九州とは違ったアクセントとなった。 ここ数年、旭川ラーメンが札幌にも出店して人気を呼んでいた。1997年には「旭川ラーメン村」もでき、旭川は市をあげてラーメンの振興に取り組んだ。首都圏でも本場旭川の味を出す店が数店名乗りを上げた。 また、1997年、新横浜ラーメン博物館に「青葉」が1年間の期間限定で出店したことで、旭川ラーメンは一躍脚光を浴びた。続いて99年に「蜂屋」が出店するなど、札幌、函館に続く北海道3番目のご当地ラーメンとして認知度を高めていった。 加水率の低い色白の縮れ麺 旭川らぅめん 青葉 醤油ラーメン(750円) 創業当時の炊き出しを堅守 旭川らぅめん 青葉 北海道旭川市2条8丁目2条ビル名店街 1947年創業。豚骨、鶏がらをベースに利尻昆布、鰹節、煮干しなどを入れ、沸騰させずに弱火で煮出したスープが自慢。三代目・村山有一氏が、創業当時の炊き出し方を守り続けている。 醤油味ながら力強い濃厚スープ 旭川ラーメン 蜂屋 しょうゆラーメン(700円) 重厚なダブルスープ 旭川ラーメン 蜂屋 北海道旭川市5条7右6 1947年の創業。豚骨スープと鯵節スープをブレンドしたダブルスープが自慢。鰹節を使った特製のラードが浮かび、ラードの濃さが選べる。重みのある旭川伝統の醤油味を守り続けている。 旭川ラーメン事情 老舗店とニューウエーブが切磋琢磨 味噌と豚骨も盛況、札幌にも進出 旭川ラーメンは「蜂屋」「青葉」「天金」などの老舗組と、古くは1968年に旭川の地で味噌ラーメンを普及させた「よし乃」、そして1988年に創業し全国区となった「山頭火」から始まったニューウエーブ系の2つに大別できる。 老舗組は前述で紹介されているので、このコラムではニューウエーブ系にスポットを当て紹介する。「よし乃」「山頭火」出現後の1996年、旭川では珍しかったこってり豚骨系ラーメンをメーンとした「ら〜めん蔵」がオープンした。同店は創業以来、ニューウエーブ系の代表格として高い評価を受けている。そして2001年にオープンした「らーめん橙や」もこってり豚骨系のニューウエーブ。現在は旭川市に2店舗、札幌市に3店舗と拡大し、「正月ヤ(2005年)」や「富蔵(2008年)」などセカンドブランドも展開。いずれも人気を博している。 札幌市内で人気の旭川ラーメンもある。その代表格が「旭川らーめん むら山」。店主は旭川ラーメンの老舗「天金」の出身者。もう一店は「旭川らー麺くさび」。こちらは「よし乃」同様に味噌ラーメンが人気で、赤味噌、黒味噌、合わせ味噌、麦味噌、白味噌と5種類から選べる。 老舗店とニューウエーブが切磋琢磨し旭川のラーメンは常に進化を遂げている。あたらしい視点でラーメンを伝える情報誌!