大砲ラーメン 本店 昔ラーメン(並) (570円)

大砲ラーメン 本店 昔ラーメン(並) (570円)

元祖“呼び戻しスープ”考案の老舗
昔ながらの豚骨臭を堅持

大砲ラーメン 本店
福岡県久留米市通外町11─8
1938年創業。創業当時からのスープに新しいスープを継ぎ足し仕込みで炊き続ける「呼び戻し」の手法を頑なに守る久留米ラーメンの代表格。香月均史店主は映画「ラーメン侍」の原作者として自らの経験を映像化するなど、多角的に市場の活性化に寄与している。


偶然の失敗により白濁が誕生

偶然の失敗により白濁が誕生

今ではすっかり豚骨ラーメンという言葉も全国区。博多ラーメン、熊本ラーメン、鹿児島ラーメンなどと、バリエーションも知られるようになってきた。しかし、その豚骨スープで知られる九州ラーメン発祥の地、久留米の名は今一つ認知度が低い。久留米ラーメンと博多ラーメンの明確な差別化ができないということも、その理由の一つとしてあげられる。
博多ラーメンと違い、久留米ラーメンには海苔がのるが、具も多様化してきた現在となっては、違いのうちに入らない。いずれも白く濁った豚骨スープにストレートの細麺が泳ぐ。強いていえば、久留米ラーメンのスープの方が博多ラーメンのそれよりも濃厚で、豚骨の臭みがある。
博多ラーメンも、もともとは臭みが強かったのだが、近年においの少ないライトなスープが流行し、そちらが主流になっていったのに対し、久留米ラーメンは昔ながらの味を守っていると考えた方が正しい。このように、博多ラーメンと久留米ラーメンは違いが少ない。
豚骨ブームの流行にのり、博多ラーメンの名はメジャーとなった。博多に対して地味な存在の久留米は、ブームに乗り遅れた感は否めない。しかし、九州ラーメンのルーツは久留米にある。
その元祖の店は1937年西鉄久留米駅前に屋台を構えた「南京千両」。創業者の宮本時男氏は弟の豊氏から、東京には「支那そば」と呼ばれる美味なる食べ物がある、との情報を得、横浜中華街でその作り方を修得してきたという。
中華街の広東料理の影響からか、南京千両のスープは、豚骨からとるものの、あまり白濁はしていない。この南京千両は、60年の歳月を経た今も、久留米の明治通りで屋台を出し、当時の味をそのまま出している。半世紀を超える年月の間、そのスタンスを変えていないのは驚くべきことである。
南京千両のスープがあまり白濁した豚骨スープでないならば、現在全国区となっている完全に白濁した豚骨スープのルーツはどこなのか。1945年ごろ、博多と久留米で同じ時期に生まれている。博多の「赤のれん」は、アイヌのソップをモデルとして白濁スープとなったが、久留米の「三九」では偶然の産物として白濁豚骨スープを生み出している。
三九のご主人である杉野勝見氏は、屋台のラーメンを開業するが、近所に住んでいた南京千両のご主人から屋号をつけてもらったという。宮本氏が1906年の生まれであったこと、当時の横文字ブームに乗って「サンキュー」という響きが目新しかったことなどがその屋号の決め手となっている。
この三九も、オープン当初はスープは白濁していなかった。ある時、スープに火をかけたまま店を出て、ついつい帰りが遅れて沸騰させてしまった。たき出されて白く濁ったスープを捨てようとしたが、思い止まり、味付をしてみたところ、これが意に反してうまかったという。
こうして、偶然の失敗が白濁した豚骨スープを生み出すことになる。今流行の和歌山ラーメンも同じような偶然から産まれているが、両者とも偶然を偶然のまま終わらせなかったところにすごさが感じられる。
杉野さんは1949年に屋台を弟子にゆずって、北九州の小倉で「来々軒」という店を開く。弟子の四ヶ所氏は1951年に熊本県玉名市にも2軒の店を開き、熊本ラーメンのルーツとなる。
立派な歴史的背景を持ちながら今一歩知名度の低い久留米ラーメン。その久留米ラーメンを盛り立てようと、地元のシンクタンクを中心にした町おこしの動きがおきている。名付けてラーメンルネッサンス。今後の動きが楽しみである。


南京千両 ラーメン(500円)

南京千両 ラーメン(500円)

豚骨の元祖だが麺はちぢれ
海苔がのるのも久留米流

南京千両 福岡県久留米市野中町702─2
1937年創業。九州豚骨ラーメンの元祖。宮崎県産の黒豚と鹿児島県産の豚骨から炊き出す、あっさりとした豚骨スープが自慢。水はアルカリイオン水。塩はモンゴル産の岩塩。料理の基礎となる水と塩にこだわっている。


久留米ラーメン事情

根強い老舗の低価格 「焼きめし」セットで客単価アップ
同じ福岡県にある博多は、替玉や極細麺、粉落としやバリカタといったゆで加減など、派手なイメージがあるが、久留米は主義を曲げない硬派なラーメン店が多い。そのためか、新店舗のオープンが少なく、昔から続く「大砲ラーメン」や「丸星ラーメン」「沖食堂」「ひろせ食堂」「大龍ラーメン」といった老舗が多く、それぞれに常連客がついている。そして全国的にみても最もラーメンの価格が安く、未だに300円台のラーメンもあり、平均しても450〜500円だと推測される。
そしてもうひとつ有名なのが「焼きめし」。あるテレビ番組の調査では久留米のラーメン店の8割に焼きめしが存在するという。久留米では昔から焼きめしとラーメンを食べる習慣があり、当たり前のことであったが、B級グルメの人気に火がつき、昨今久留米の焼きめしが再度注目を浴びるようになった。
1958年創業の「ひろせ食堂」ではラーメンと焼きめしのセットが人気で、昨今の「久留米焼きめし」ブームもあり、週末は県外の客も増え、6割近いグループが注文するという。ラーメンの値段は安いが、焼きめしやギョウザなどのサイドオーダーと合わせると意外と客単価は他県と同じくらいの価格のようである。

adminご当地ラーメン徹底研究大砲ラーメン 本店 昔ラーメン(並) (570円) 元祖“呼び戻しスープ”考案の老舗 昔ながらの豚骨臭を堅持 大砲ラーメン 本店 福岡県久留米市通外町11─8 1938年創業。創業当時からのスープに新しいスープを継ぎ足し仕込みで炊き続ける「呼び戻し」の手法を頑なに守る久留米ラーメンの代表格。香月均史店主は映画「ラーメン侍」の原作者として自らの経験を映像化するなど、多角的に市場の活性化に寄与している。 偶然の失敗により白濁が誕生 今ではすっかり豚骨ラーメンという言葉も全国区。博多ラーメン、熊本ラーメン、鹿児島ラーメンなどと、バリエーションも知られるようになってきた。しかし、その豚骨スープで知られる九州ラーメン発祥の地、久留米の名は今一つ認知度が低い。久留米ラーメンと博多ラーメンの明確な差別化ができないということも、その理由の一つとしてあげられる。 博多ラーメンと違い、久留米ラーメンには海苔がのるが、具も多様化してきた現在となっては、違いのうちに入らない。いずれも白く濁った豚骨スープにストレートの細麺が泳ぐ。強いていえば、久留米ラーメンのスープの方が博多ラーメンのそれよりも濃厚で、豚骨の臭みがある。 博多ラーメンも、もともとは臭みが強かったのだが、近年においの少ないライトなスープが流行し、そちらが主流になっていったのに対し、久留米ラーメンは昔ながらの味を守っていると考えた方が正しい。このように、博多ラーメンと久留米ラーメンは違いが少ない。 豚骨ブームの流行にのり、博多ラーメンの名はメジャーとなった。博多に対して地味な存在の久留米は、ブームに乗り遅れた感は否めない。しかし、九州ラーメンのルーツは久留米にある。 その元祖の店は1937年西鉄久留米駅前に屋台を構えた「南京千両」。創業者の宮本時男氏は弟の豊氏から、東京には「支那そば」と呼ばれる美味なる食べ物がある、との情報を得、横浜中華街でその作り方を修得してきたという。 中華街の広東料理の影響からか、南京千両のスープは、豚骨からとるものの、あまり白濁はしていない。この南京千両は、60年の歳月を経た今も、久留米の明治通りで屋台を出し、当時の味をそのまま出している。半世紀を超える年月の間、そのスタンスを変えていないのは驚くべきことである。 南京千両のスープがあまり白濁した豚骨スープでないならば、現在全国区となっている完全に白濁した豚骨スープのルーツはどこなのか。1945年ごろ、博多と久留米で同じ時期に生まれている。博多の「赤のれん」は、アイヌのソップをモデルとして白濁スープとなったが、久留米の「三九」では偶然の産物として白濁豚骨スープを生み出している。 三九のご主人である杉野勝見氏は、屋台のラーメンを開業するが、近所に住んでいた南京千両のご主人から屋号をつけてもらったという。宮本氏が1906年の生まれであったこと、当時の横文字ブームに乗って「サンキュー」という響きが目新しかったことなどがその屋号の決め手となっている。 この三九も、オープン当初はスープは白濁していなかった。ある時、スープに火をかけたまま店を出て、ついつい帰りが遅れて沸騰させてしまった。たき出されて白く濁ったスープを捨てようとしたが、思い止まり、味付をしてみたところ、これが意に反してうまかったという。 こうして、偶然の失敗が白濁した豚骨スープを生み出すことになる。今流行の和歌山ラーメンも同じような偶然から産まれているが、両者とも偶然を偶然のまま終わらせなかったところにすごさが感じられる。 杉野さんは1949年に屋台を弟子にゆずって、北九州の小倉で「来々軒」という店を開く。弟子の四ヶ所氏は1951年に熊本県玉名市にも2軒の店を開き、熊本ラーメンのルーツとなる。 立派な歴史的背景を持ちながら今一歩知名度の低い久留米ラーメン。その久留米ラーメンを盛り立てようと、地元のシンクタンクを中心にした町おこしの動きがおきている。名付けてラーメンルネッサンス。今後の動きが楽しみである。 南京千両 ラーメン(500円) 豚骨の元祖だが麺はちぢれ 海苔がのるのも久留米流 南京千両 福岡県久留米市野中町702─2 1937年創業。九州豚骨ラーメンの元祖。宮崎県産の黒豚と鹿児島県産の豚骨から炊き出す、あっさりとした豚骨スープが自慢。水はアルカリイオン水。塩はモンゴル産の岩塩。料理の基礎となる水と塩にこだわっている。 久留米ラーメン事情 根強い老舗の低価格 「焼きめし」セットで客単価アップ 同じ福岡県にある博多は、替玉や極細麺、粉落としやバリカタといったゆで加減など、派手なイメージがあるが、久留米は主義を曲げない硬派なラーメン店が多い。そのためか、新店舗のオープンが少なく、昔から続く「大砲ラーメン」や「丸星ラーメン」「沖食堂」「ひろせ食堂」「大龍ラーメン」といった老舗が多く、それぞれに常連客がついている。そして全国的にみても最もラーメンの価格が安く、未だに300円台のラーメンもあり、平均しても450〜500円だと推測される。 そしてもうひとつ有名なのが「焼きめし」。あるテレビ番組の調査では久留米のラーメン店の8割に焼きめしが存在するという。久留米では昔から焼きめしとラーメンを食べる習慣があり、当たり前のことであったが、B級グルメの人気に火がつき、昨今久留米の焼きめしが再度注目を浴びるようになった。 1958年創業の「ひろせ食堂」ではラーメンと焼きめしのセットが人気で、昨今の「久留米焼きめし」ブームもあり、週末は県外の客も増え、6割近いグループが注文するという。ラーメンの値段は安いが、焼きめしやギョウザなどのサイドオーダーと合わせると意外と客単価は他県と同じくらいの価格のようである。あたらしい視点でラーメンを伝える情報誌!