低加水の細いちぢれ麺醤油

低加水の細いちぢれ麺醤油

「飛騨高山にラーメン?」と思う人もいるだろう。しかし、高山市は人口9万2000人に対し100軒近くのラーメン店がひしめく立派なラーメン処だ。
飛騨高山で「そば」と注文すると「中華そば」が出される。いわゆる「蕎麦」をたのむ場合は「生そば」とか「日本そば」などといわなければならない。年越しそばも「中華そば」を食べるほど生活に根付いている。ラーメンというネーミングを使う店はほとんどない。古い街並みの中に同化した店構えに「中華そば」ののれんが下がる。軒先からはプーンと鰹節の香りが漂う。知らない人は、そば屋としか思わないだろう。
高山はそばの歴史も古い。しかし、店舗の数は中華そば店の方が圧倒的に多く、地元の人も中華そばを常食する。麺は100gぐらいで量的には少ない。その上どの店も「お子様ラーメン」というメニューがある。高山の人は、おやつ代わりにラーメンを食べる。さながら、関西の「たこ焼き」のような存在である。
飛騨高山の中華そばは醤油味しかない。寸銅の中に醤油だれを直接入れて煮るため、醤油味しか作り得ない。濃い醤油色をしたスープは脂分が少なく、鶏がらに節物類を加えた和風仕立て。麺は平打ちで細く、縮れが強い。28〜32%という低加水の細麺を、ここまで縮らせるのは珍しい。縮れているためスープをよく絡め、水分が少ないためスープを染み込ませる。スープと麺の一体感が、脂分の少ないスープを物足りなく感じさせない。
そしてチャーシューにはどの店もばら肉を使う。ばら肉が、さっぱりとしたスープの脂分を補っている。具はチャーシュー、メンマ、刻みネギと、極めてシンプル。しかし、飛騨ネギは甘味が強く、濃い醤油の味を引き立てる。根を土に埋め、白い部分の長い根深ネギだ。霜の降りるころからが飛騨ネギの旬であり、中華そばの旬。秋祭りも終わると高山の観光シーズンも終わるが、雪深き冬場に飛騨高山を訪れる者は、よほどの「ラーメン通」である。
1938年、当時の花街を引いて歩く屋台があった。屋台を引く坂口時宗氏は、昼は高級料亭の金亀館で腕をふるう一流の板前であった。坂口氏は、東京は芝浦にあった雅叙園で修業をしている時、中国人の作る麺料理を見て、見よう見まねで中華麺の打ち方を覚えたという。
「若いころは東京で支那そばを食べるのが楽しみであった」と語る坂口氏は今も健在。屋台時代からの屋号を引き継ぐ「まさごそば」は2代目に任せているが、麺打場には今も顔を出している。
京文化の影響を色濃く受ける高山のそばやうどんは関西風。しかし、中華そばは関東風である。もちろん、元祖の坂口氏が東京で修業したからだが、高山が江戸幕府の天領となり、醤油文化が発達したという土壌は見逃せない。「高山じゃ辛く(醤油が濃く)なきゃだめやなぁ」という土地柄が醤油味の中華そばとマッチしたのである。
海軍の兵長として厨房をまかされていた坂口氏は復員後、高山で店舗を構えた。当初はもっと脂っこかったものを、お客の舌に合わせて徐々にさっぱりさせていったという。醤油だれを寸銅に入れて煮込む手法も坂口流。このやり方、この味が戦後高山中に広がって、現在のようなラーメン処へと成長する。
首都圏にはまだ進出していないが、名古屋では、高山の味がすでに人気を呼んでいる。坂口氏が創り育てた飛騨の味。中華そばの歴史は人の歴史でもある。


まさごそば 中華そば(並600円)

まさごそば 中華そば(並600円)

飛騨高山ラーメンの元祖
まさごそば
岐阜県高山市有楽町31─3
相性抜群の飛騨ネギ
高山ラーメンの元祖。シンプルな醤油スープとちぢれ細麺の相性が抜群。一度食べるとまた食べたくなる懐かしい味わい。「並」と「大盛」のみという品書きに老舗の自信がうかがえる。

やよいそば 中華そば(並700円)

やよいそば 中華そば(並700円)

昔ながらの仕込みを踏襲

やよいそば
岐阜県高山市本町4─23
ルーツは東京・花街の屋台
高山の清水をベースに野菜を使う比率を多くし、寸胴に醤油を入れ直接味付けをする昔ながらの仕込み方を踏襲。カツオだしたまり醤油の甘味あるスープが歯応えある細麺によく絡み、絶妙な味わい。


飛騨高山ラーメン事情

地元愛強く半世紀以上の老舗が多く健在
高山市にはラーメンに限らず、全国チェーンの飲食店が極めて少ない。厳密に言うと出店しても長続きしない。裏を返せばそれだけ地元愛が強い県民性とも言える。ラーメンも1938年創業の「まさご」を筆頭に老舗が多い。「角や」(46年)、「やよいそば」(48年)、「豆天狗」(51年)、「桔梗屋」(51年)は既に半世紀以上もの歴史があり、今なお高山市内のラーメン店で人気を博している。
その老舗の中でも新たな試みを行う店もある。「豆天狗」では、それまで高山では、ほとんど食べられることのなかった「つけ麺」にチャレンジし、評判を呼んでいる。その後、名古屋市内につけ麺専門店をオープン。麺は中華そばの細麺と対照的な太麺。つけだれははやりの豚骨魚介ではなく、高山らしく鶏がら和風だし。県外の人にも高山ラーメンの魅力が伝わっている。
そして高山市は96年頃から積極的な訪日外国人客の受け入れを行っており、特に欧米からの外国人旅行者が極めて多い。数ある日本の観光地の中、欧米人が高山に魅力を感じることは素晴らしいことである。彼らの目的は、三町に代表される古い町並や奥飛騨温泉郷、飛騨牛、そして中華そばだ。高山で初めてラーメンを食べたという欧米人も多く、外国人に日本のラーメン文化を伝える大きな役割を果たしている。

adminご当地ラーメン徹底研究低加水の細いちぢれ麺醤油 「飛騨高山にラーメン?」と思う人もいるだろう。しかし、高山市は人口9万2000人に対し100軒近くのラーメン店がひしめく立派なラーメン処だ。 飛騨高山で「そば」と注文すると「中華そば」が出される。いわゆる「蕎麦」をたのむ場合は「生そば」とか「日本そば」などといわなければならない。年越しそばも「中華そば」を食べるほど生活に根付いている。ラーメンというネーミングを使う店はほとんどない。古い街並みの中に同化した店構えに「中華そば」ののれんが下がる。軒先からはプーンと鰹節の香りが漂う。知らない人は、そば屋としか思わないだろう。 高山はそばの歴史も古い。しかし、店舗の数は中華そば店の方が圧倒的に多く、地元の人も中華そばを常食する。麺は100gぐらいで量的には少ない。その上どの店も「お子様ラーメン」というメニューがある。高山の人は、おやつ代わりにラーメンを食べる。さながら、関西の「たこ焼き」のような存在である。 飛騨高山の中華そばは醤油味しかない。寸銅の中に醤油だれを直接入れて煮るため、醤油味しか作り得ない。濃い醤油色をしたスープは脂分が少なく、鶏がらに節物類を加えた和風仕立て。麺は平打ちで細く、縮れが強い。28〜32%という低加水の細麺を、ここまで縮らせるのは珍しい。縮れているためスープをよく絡め、水分が少ないためスープを染み込ませる。スープと麺の一体感が、脂分の少ないスープを物足りなく感じさせない。 そしてチャーシューにはどの店もばら肉を使う。ばら肉が、さっぱりとしたスープの脂分を補っている。具はチャーシュー、メンマ、刻みネギと、極めてシンプル。しかし、飛騨ネギは甘味が強く、濃い醤油の味を引き立てる。根を土に埋め、白い部分の長い根深ネギだ。霜の降りるころからが飛騨ネギの旬であり、中華そばの旬。秋祭りも終わると高山の観光シーズンも終わるが、雪深き冬場に飛騨高山を訪れる者は、よほどの「ラーメン通」である。 1938年、当時の花街を引いて歩く屋台があった。屋台を引く坂口時宗氏は、昼は高級料亭の金亀館で腕をふるう一流の板前であった。坂口氏は、東京は芝浦にあった雅叙園で修業をしている時、中国人の作る麺料理を見て、見よう見まねで中華麺の打ち方を覚えたという。 「若いころは東京で支那そばを食べるのが楽しみであった」と語る坂口氏は今も健在。屋台時代からの屋号を引き継ぐ「まさごそば」は2代目に任せているが、麺打場には今も顔を出している。 京文化の影響を色濃く受ける高山のそばやうどんは関西風。しかし、中華そばは関東風である。もちろん、元祖の坂口氏が東京で修業したからだが、高山が江戸幕府の天領となり、醤油文化が発達したという土壌は見逃せない。「高山じゃ辛く(醤油が濃く)なきゃだめやなぁ」という土地柄が醤油味の中華そばとマッチしたのである。 海軍の兵長として厨房をまかされていた坂口氏は復員後、高山で店舗を構えた。当初はもっと脂っこかったものを、お客の舌に合わせて徐々にさっぱりさせていったという。醤油だれを寸銅に入れて煮込む手法も坂口流。このやり方、この味が戦後高山中に広がって、現在のようなラーメン処へと成長する。 首都圏にはまだ進出していないが、名古屋では、高山の味がすでに人気を呼んでいる。坂口氏が創り育てた飛騨の味。中華そばの歴史は人の歴史でもある。 まさごそば 中華そば(並600円) 飛騨高山ラーメンの元祖 まさごそば 岐阜県高山市有楽町31─3 相性抜群の飛騨ネギ 高山ラーメンの元祖。シンプルな醤油スープとちぢれ細麺の相性が抜群。一度食べるとまた食べたくなる懐かしい味わい。「並」と「大盛」のみという品書きに老舗の自信がうかがえる。 やよいそば 中華そば(並700円)昔ながらの仕込みを踏襲 やよいそば 岐阜県高山市本町4─23 ルーツは東京・花街の屋台 高山の清水をベースに野菜を使う比率を多くし、寸胴に醤油を入れ直接味付けをする昔ながらの仕込み方を踏襲。カツオだしたまり醤油の甘味あるスープが歯応えある細麺によく絡み、絶妙な味わい。 飛騨高山ラーメン事情 地元愛強く半世紀以上の老舗が多く健在 高山市にはラーメンに限らず、全国チェーンの飲食店が極めて少ない。厳密に言うと出店しても長続きしない。裏を返せばそれだけ地元愛が強い県民性とも言える。ラーメンも1938年創業の「まさご」を筆頭に老舗が多い。「角や」(46年)、「やよいそば」(48年)、「豆天狗」(51年)、「桔梗屋」(51年)は既に半世紀以上もの歴史があり、今なお高山市内のラーメン店で人気を博している。 その老舗の中でも新たな試みを行う店もある。「豆天狗」では、それまで高山では、ほとんど食べられることのなかった「つけ麺」にチャレンジし、評判を呼んでいる。その後、名古屋市内につけ麺専門店をオープン。麺は中華そばの細麺と対照的な太麺。つけだれははやりの豚骨魚介ではなく、高山らしく鶏がら和風だし。県外の人にも高山ラーメンの魅力が伝わっている。 そして高山市は96年頃から積極的な訪日外国人客の受け入れを行っており、特に欧米からの外国人旅行者が極めて多い。数ある日本の観光地の中、欧米人が高山に魅力を感じることは素晴らしいことである。彼らの目的は、三町に代表される古い町並や奥飛騨温泉郷、飛騨牛、そして中華そばだ。高山で初めてラーメンを食べたという欧米人も多く、外国人に日本のラーメン文化を伝える大きな役割を果たしている。あたらしい視点でラーメンを伝える情報誌!