森田屋総本店【中華そば 600円】

森田屋総本店【中華そば 600円】

森田屋総本店
店舗所在地=栃木県佐野市堀米町70
1961年の創業以来、地元で愛され続けている佐野ラーメンの老舗。加水率が非常に高い平麺が特徴。通常の繁盛はもとより、盆暮れはこの味を懐かしむ帰省客で大混雑する。


澄んだ醤油味、銘水で切れ味、小麦粉も味方

佐野といえば、佐野厄除け大師がすぐに思い浮かぶ。しかし近年では、佐野といえば佐野ラーメンが先に思い浮かぶ人も少なくないだろう。
注目されはじめたのはここ20年だが、その歴史は全国的にみてもかなり古い。ルーツを探ると、それは大正時代にさかのぼる。「エビス食堂」という洋食店に雇われていた中国人のコックが、青竹で打つ手打ち麺を出したのがはじまりだという。
佐野ラーメンの強みは、麺の主成分である小麦粉の産地であること。その国産の小麦粉に、水とかんすいを加え、よくかきまぜる。そして手のひらを使ってよくこねて出来上がったドウを、身の丈以上もある長くて太い青竹にまたがり、リズムにのって前後に移動しながら伸ばしていく。
均等の厚さに広がった麺帯をたたんでから包丁で切る。均一の太さに切るのは職人芸だが、それでも厚さや太さが多少まちまちになるところが、手づくりのよさである。そのまちまちな太さの麺がスープのからみや舌触りにアクセントを加え、独特の食感をつくり出している。
加水率の高いなめらかな麺は、太めの平打ち麺で、ピラピラと唇で踊る感覚が特徴。水分が多いため、見た目よりもゆで上がりが早い。この技術が佐野市に広がり、手打ち麺を出すラーメン店が非常に多い。
昭和初期から、人口5万人ぐらいの町に150軒を超えるラーメン店があったというから、ラーメン処としてのキャリアは博多や札幌をもしのぐものがある。
昔から外食はもとより、訪問客に出前を取ってもてなすなど、ごちそうとして古くから愛されていた。元祖ラーメン処といっても過言ではないほどのラーメン文化を持っている。
佐野ラーメンの特徴が顕著なのは麺である。スープや具はオーソドックスで素朴なパターン。澄んだ醤油味スープが主流で、サラリと飲み干せ、キレのあるタイプ。チャーシュー、メンマ、なると、刻みネギという具のパターンも昔ながらである。
ただし、サブメニューとして、シーフードやローストビーフをのせるなどのアイデアメニューを取り入れている店も増えてきている。


水質と青竹を武器に老舗と新興が切磋琢磨

水質と青竹を武器に老舗と新興が切磋琢磨

佐野ラーメンの新潮流。
全国的に地域性(ご当地性)が薄れつつある傾向の中、佐野ラーメンはブレのない地域のひとつである。佐野市にとってラーメンは重要な観光資源であり、喜多方と並びラーメンで町おこしが成功した最も有名な町のひとつである。
首都圏の近県から日帰りでラーメンを食べにくる観光客も多い。その理由はここでしか食べられない魅力があるからだ。その魅力は「水質」と「青竹打ち」である。
新店も多くオープンしているが、佐野ラーメンの伝統である青竹打ちを踏襲する店が多い。代表店としては、2004年にオープンした「佐野ラーメン いってつ」や06年オープンの「田村屋」、07年オープンの「青竹手打ちラーメン 押山」、08年オープの「青竹手打ちラーメン 日向屋」などが挙げられ、伝統+新しさが加わり繁盛している。
一方、「森田屋」「おぐら屋」「万里」「とかの」などの老舗も元気で日々繁盛を続けており、老舗、若手が共存し、切磋琢磨していることが佐野ラーメンの進化につながっていると考えられる。
また、先日「東武百貨店池袋店」でサービスエリア、パーキングエリアの名物を集めた「SA・PA旅グルメフェア」が開催され、佐野SAが青竹を使った麺打ち実演による「青竹手打ち佐野ら〜めん」を販売するなど、高い知名度にあぐらをかかず、常に町ぐるみで佐野ラーメンの普及に取り組んでいる。
(新横浜ラーメン博物館 中野正博)


12万人の人口に対して150軒近くのラーメン店人口対ラーメン店数比率は喜多方市と1、2を争う

12万人の人口に対して150軒近くのラーメン店人口対ラーメン店数比率は喜多方市と1、2を争う

12万人の人口に対し、150軒近くのラーメン店のある佐野市は、人口対ラーメン店数比率を、全国で喜多方市と1、2を争っている。1987年に喜多方ラーメン会発足に続き、88年に佐野ラーメン会を発足するなど、観光名物としてのご当地ラーメンのステータスもいち早く築き上げている。
東北自動車道に乗れば、東京から佐野藤岡インターまで約1時間。インターをおりれば10分ぐらいで佐野に着いてしまう。意外なほど東京から近くに位置している。インターを降りなくても、上りの佐野サービスエリアで本格的な佐野ラーメンが味わえ、おみやげラーメンも用意されているなど、ラーメンの町としての意識は非常に高い。
もう一つ、佐野ラーメンにとって忘れてはならない重要な素材は「水」である。佐野の水の源泉は環境庁認定の日本銘水百選にも名を連ねる出流原(いずるはら)弁天池。この銘水がラーメンのキレ味を増す。
多加水麺の佐野ラーメンは水分が50%ぐらい。それをゆでるお湯はもちろん、スープにも水という素材が使われる。麺に水分が多く日持ちがしないのと、水質に違いがあるため同じ味が出せないということが、佐野ラーメンがある程度認知度の高いラーメン処であるにもかかわらず、東京でチェーン展開を図れない要因であると思う。
東京からも気軽に行ける場所なので、東京にあまり進出せず、現地に来て食べてもらうというスタンスが、町おこしというスタンスからも賢明なあり方かもしれない。

adminご当地ラーメン徹底研究森田屋総本店【中華そば 600円】 森田屋総本店 店舗所在地=栃木県佐野市堀米町70 1961年の創業以来、地元で愛され続けている佐野ラーメンの老舗。加水率が非常に高い平麺が特徴。通常の繁盛はもとより、盆暮れはこの味を懐かしむ帰省客で大混雑する。 澄んだ醤油味、銘水で切れ味、小麦粉も味方 佐野といえば、佐野厄除け大師がすぐに思い浮かぶ。しかし近年では、佐野といえば佐野ラーメンが先に思い浮かぶ人も少なくないだろう。 注目されはじめたのはここ20年だが、その歴史は全国的にみてもかなり古い。ルーツを探ると、それは大正時代にさかのぼる。「エビス食堂」という洋食店に雇われていた中国人のコックが、青竹で打つ手打ち麺を出したのがはじまりだという。 佐野ラーメンの強みは、麺の主成分である小麦粉の産地であること。その国産の小麦粉に、水とかんすいを加え、よくかきまぜる。そして手のひらを使ってよくこねて出来上がったドウを、身の丈以上もある長くて太い青竹にまたがり、リズムにのって前後に移動しながら伸ばしていく。 均等の厚さに広がった麺帯をたたんでから包丁で切る。均一の太さに切るのは職人芸だが、それでも厚さや太さが多少まちまちになるところが、手づくりのよさである。そのまちまちな太さの麺がスープのからみや舌触りにアクセントを加え、独特の食感をつくり出している。 加水率の高いなめらかな麺は、太めの平打ち麺で、ピラピラと唇で踊る感覚が特徴。水分が多いため、見た目よりもゆで上がりが早い。この技術が佐野市に広がり、手打ち麺を出すラーメン店が非常に多い。 昭和初期から、人口5万人ぐらいの町に150軒を超えるラーメン店があったというから、ラーメン処としてのキャリアは博多や札幌をもしのぐものがある。 昔から外食はもとより、訪問客に出前を取ってもてなすなど、ごちそうとして古くから愛されていた。元祖ラーメン処といっても過言ではないほどのラーメン文化を持っている。 佐野ラーメンの特徴が顕著なのは麺である。スープや具はオーソドックスで素朴なパターン。澄んだ醤油味スープが主流で、サラリと飲み干せ、キレのあるタイプ。チャーシュー、メンマ、なると、刻みネギという具のパターンも昔ながらである。 ただし、サブメニューとして、シーフードやローストビーフをのせるなどのアイデアメニューを取り入れている店も増えてきている。 水質と青竹を武器に老舗と新興が切磋琢磨 佐野ラーメンの新潮流。 全国的に地域性(ご当地性)が薄れつつある傾向の中、佐野ラーメンはブレのない地域のひとつである。佐野市にとってラーメンは重要な観光資源であり、喜多方と並びラーメンで町おこしが成功した最も有名な町のひとつである。 首都圏の近県から日帰りでラーメンを食べにくる観光客も多い。その理由はここでしか食べられない魅力があるからだ。その魅力は「水質」と「青竹打ち」である。 新店も多くオープンしているが、佐野ラーメンの伝統である青竹打ちを踏襲する店が多い。代表店としては、2004年にオープンした「佐野ラーメン いってつ」や06年オープンの「田村屋」、07年オープンの「青竹手打ちラーメン 押山」、08年オープの「青竹手打ちラーメン 日向屋」などが挙げられ、伝統+新しさが加わり繁盛している。 一方、「森田屋」「おぐら屋」「万里」「とかの」などの老舗も元気で日々繁盛を続けており、老舗、若手が共存し、切磋琢磨していることが佐野ラーメンの進化につながっていると考えられる。 また、先日「東武百貨店池袋店」でサービスエリア、パーキングエリアの名物を集めた「SA・PA旅グルメフェア」が開催され、佐野SAが青竹を使った麺打ち実演による「青竹手打ち佐野ら〜めん」を販売するなど、高い知名度にあぐらをかかず、常に町ぐるみで佐野ラーメンの普及に取り組んでいる。 (新横浜ラーメン博物館 中野正博) 12万人の人口に対して150軒近くのラーメン店人口対ラーメン店数比率は喜多方市と1、2を争う 12万人の人口に対し、150軒近くのラーメン店のある佐野市は、人口対ラーメン店数比率を、全国で喜多方市と1、2を争っている。1987年に喜多方ラーメン会発足に続き、88年に佐野ラーメン会を発足するなど、観光名物としてのご当地ラーメンのステータスもいち早く築き上げている。 東北自動車道に乗れば、東京から佐野藤岡インターまで約1時間。インターをおりれば10分ぐらいで佐野に着いてしまう。意外なほど東京から近くに位置している。インターを降りなくても、上りの佐野サービスエリアで本格的な佐野ラーメンが味わえ、おみやげラーメンも用意されているなど、ラーメンの町としての意識は非常に高い。 もう一つ、佐野ラーメンにとって忘れてはならない重要な素材は「水」である。佐野の水の源泉は環境庁認定の日本銘水百選にも名を連ねる出流原(いずるはら)弁天池。この銘水がラーメンのキレ味を増す。 多加水麺の佐野ラーメンは水分が50%ぐらい。それをゆでるお湯はもちろん、スープにも水という素材が使われる。麺に水分が多く日持ちがしないのと、水質に違いがあるため同じ味が出せないということが、佐野ラーメンがある程度認知度の高いラーメン処であるにもかかわらず、東京でチェーン展開を図れない要因であると思う。 東京からも気軽に行ける場所なので、東京にあまり進出せず、現地に来て食べてもらうというスタンスが、町おこしというスタンスからも賢明なあり方かもしれない。あたらしい視点でラーメンを伝える情報誌!