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即席麺で安価なイメージが定着

米国におけるラーメンの黎明期

 ニューヨークではラーメンブームが続いている。日本の有名店がNYに進出、非日本人の経営する店も次々にオープン、実験的な店もあちこちで生まれつつあり、ラーメン・シーンはどんどん進化している最中だ。今は混沌とした状況下にあるラーメン事情ではあるが、一般の米国人も日本の国民食に開眼しつつあり、NYから飛び火して全米各地にも広まっている。NY、果ては米国におけるラーメンは、今後どのように展開していくのだろう。寿司と同じように米国の食生活に定着してくのだろうか。

(外海君子)

DVO47VBv_VL023_r01 チャイナタウンには、以前から中国のヌードル・スープ(汁そば)の店があり、「安い」「早い」で、大勢の客が詰めかけている。ラーメンの由来とされる拉麺を食べさせる店は、「ビレッジ・ホイス」のお墨付きを得て繁盛している。現状では、ほとんどの米国人が日本のラーメンが中国の汁そばとは別物であることを知らない。
NYにおいての日本の正統派ラーメン店の先駆者は、1974年に開店した、今はもう存在しない「どさん子」と、1975年に開店した「サッポロラーメン」だ。インターネットもなく、日本に電話をかければ給料1ヵ月分近くが吹き飛び、日本の食料品も容易に手に入らなかった時代、在NY邦人たちは、なつかしい大衆の味を求めてこれらの店を訪れた。以後、長い間、ラーメンは、寿司や天ぷら、すき焼きなど大御所の日本料理の陰に隠れ、脚光を浴びることはなかった。
今のブームが起こる前に、まずは日本で1958年に登場したインスタントラーメンが米国に普及していくことになる。日清が即席ラーメンの輸出を開始して米国市場に参入したのは1970年のこと。1972年には現地生産を開始、東洋水産は1977年にカリフォルニアに工場をオープン。即席ラーメンの消費量は年々増え、2013年の統計で米国人は年間43億5000食食べている。これは世界第6位の消費量という位置付けだ。即席ラーメンから入っていった一般の米国人にとっては、ラーメンは安価なインスタント食品というイメージが根付くことになった。

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火付け役は韓国系米国人シェフ

NYのラーメンブームの始まり

 世界全体の消費量はついに1000億食を突破、地球を制覇した感のある即席ラーメンは、日清が無重力空間でも食べられる宇宙食ラーメン、「スペース・ラム」を開発、2005年にスペースシャトル「ディスカバリー」でついに宇宙へ。しかし即席でないラーメンの米国での知名度は無きに等しかった。
NYにおけるラーメンブームの火付け役は、韓国系米国人シェフ、デイヴィッド・チャン氏が2004年にオープンした「モモフク・ヌードルバー」ということで大方の見方は一致している。店名のモモフクを「ラッキーピーチ(福桃)」としているが、即席ラーメンの発明者であり、日清食品の創始者である安藤百福氏の名から取ったということだ。
チャン氏は、海外進出もしてモモフク・グループを拡大させていき、2011年春には新しいタイプの食雑誌、「ラッキー・ピーチ」を立ち上げた。記念すべき第1号はラーメン特集。紀元前2000年頃に中国で生まれた麺料理が日本に渡り、国民食になるまでの歴史から、安藤百福氏の伝記、東京の「ラーメンの神様」現地取材、日本各地のラーメンの地方性までを網羅している。
チャン氏は2012年にPBS(公共放送網)放映の「ザ・マインド・オブ・ア・シェフ(シェフの精神)」シリーズ第1弾を担当、テーマはやはり麺で、日本ロケではつけ麺発祥の店や麺工場の紹介をしている。
チャン氏が道を切り開いたあと、日本から、2007年に「せたが屋」、2008年に「一風堂」がNYに進出、熊本の「寺川」、博多の「秀ちゃんラーメン」、千葉の「味噌や」、東京の「バサノバ」、旭川の「ラーメン山頭火」など、次々に上陸するようになった。

9mdNpTdu また、現地NY在住の日本人も、ブームに敏感に反応し、日系の焼き鳥屋から始まった「鳥人(トット)ラーメン」、日本人ミュージシャンが立ち上げた「ミンカ・ラーメンファクトリー」「カンビ・ラーメンハウス」など、数多くが開店した。日系二世のリチャード・カシダ氏の「仁ラーメン」は、ミシュランのビブ・グルマンに3年連続で選ばれている。70年代からあるマクロバイオティック・レストラン、「ソウエン」は、2009年にオーガニック・ラーメン店をオープン、玄米やズッキーニを細かく切った麺を使ったヘルシーなタヒニー・ラーメンやガルパンゾー・ラーメンなどで独自の道を行く。
一方、非日本人も次々にブームに便乗。たとえば、中国系米国人のウィリアム・ウー氏が「味千」などで修業して開いた「ウマミ・ショップ」。西洋人の口に合うよう、玉ネギやニンニク、エシャレットなどを炒めてスープを作っている。他にも、「せたが屋」で修業した韓国人シェフがオーナーの「ラーメン匠」、東京・田端で修業したミャンマー人シェフの「たばたラーメン」、韓国系米国人、ジョシュア・スムークラー氏が「一風堂」で開眼して始めた「むラーメン」等々、枚挙にいとまがない。
これだけ多くの店が開店するにはやはり理由がある。中国系の麺料理は薄利多売が多く、5ドル台から8ドル程度の値段が付いているが、日本のラーメンは、高いところでは十数ドルと、約2倍の値段が付く。「一風堂」では1杯が15ドルだ。9%近い売上税を払い、相場2割のチップを払うと、ラーメン1杯で20ドル、日本円にして2000円余りが軽く飛ぶ。替え玉や卵、エキストラのチャーシューなどを付けると30ドルにもなる。となると、同じ麺料理を提供するなら、日本のラーメンを提供した方が経営者にとっては利ざやが大きく、有利になる。
去年NYで開かれたレストランショーで、フィラデルフィアでフードトラックを始める予定の企業家がラーメンの講義に聞き入っていたが、サンドイッチなら9~10ドル程度の値段設定が、ラーメンなら1杯15ドルで販売できるので、ぜひラーメンを扱いたいということだった。
ブームが本格化すると、NYタイムズなどのメディアが記事を載せるようになり、徐々に日本の国民食は知られていった。知名度は地方都市にも広まり、全米各地で次々にラーメン店が開店している。オハイオ州クリーブランドに「ヌードルキャット」というラーメン店を2軒展開しているアイアン・シェフ、ジョナソン・ソーヤー氏は、2015年のトレンドにラーメンをあげ、「非日本のレストランでもメニューに載せるようになるだろう」と予測している。

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素材も多様化するメニュー開発

日本の10倍速で進化中!
猛烈なスピードで進化し続けるアメリカのラーメン

ブームの終焉から定着化へ

しかし、いくら比較的高値の値段設定ができるとはいえ、ブームの火元NYの家賃はべらぼうに高く、競争は厳しい。ブームに則って開いたものの、閉店した店は少なくない。ラーメンは、もはやブームやトレンドというよりも、数は増えつつあるが、競争しながら淘汰されていく定着化の段階に入ったといえる。

jNoAo54j 時機が熟し、ついに逆輸入の形で、日本でラーメン店を開いて評判を得た米国人、アイバン・オーキン氏がNYに進出したのは2013年のこと。翌年にはフラッグシップ・ショップの「アイバン・ラーメン」を開店、NYタイムズ紙により「2014年の新レストラン・トップ10」に選ばれている。オーキン氏のラーメンは、NYで人気の豚骨ラーメンでなく、あっさりした上品な醤油ラーメンだ。麺には、香ばしさとかみ応えを考慮してライ麦を加えている。
また、特筆すべきなのが、米国独自の創作ラーメンが出現し始めたことだ。特にブルックリンには実験的な店が多い。その一つ、ジャスティン・デスピリット氏の「ダッサーラ」で出されるのは、セロリ、ユダヤ料理のマツォ団子、スモーク肉を入れたデリ・ラーメン、グリーンカレーと骨髄で煮込んだヤギ肉の混ぜ麺など、完全な創作ラーメンだ。デスピリット氏は、将来日本に出店したいと考えており、米国人による日本のラーメンの米国逆輸入ではなく、米国人による米国版ラーメンの日本上陸も間近いことだろう。

nlge9kSH米国人は、チリレンゲにいったん麺をのせて食べるため、米国「一風堂」のチリレンゲは、日本のものの2倍の大きさ。麺を少し太めにして伸びを防ぎ、かみ応えをよくしている

 また、2014年には日本人シェフによる創作ラーメンがNYに出現。中国料理の鉄人、脇屋友詞シェフが、和食のインスピレーションを受けたモダン・チャイニーズの店、「KOA」をオープン、商標登録もした「ソーバ」という、巨大な鉢にたっぷりのラーメンとたっぷりのトッピング、しかしスープは少なめという新しい麺料理を展開した。
ラーメンは、カジュアルなファストフードにも、ドレスアップしてアップグレードもできるが、汁そばであるがゆえに、ハンバーガーやピザのようなフィンガーフードにはなれない。であればフィンガーフードにしてしまおうというのが派生としてのラーメンで、大評判になったケイゾウ・シマモト氏の「ラーメンバーガー」や、メキシコ料理のブリトーとのハイブリッド、「ラーメンリトー」などがある。

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最後には結局おいしいものが残る

成熟期における基本の啓蒙

 ラーメンの需要が高まる中、供給側も積極的に動き始めた。レストラン・ショーでは、各メーカーがラーメンの食材を積極的にPR、ラーメン講座も開講。大手日本食品商社のJFCインターナショナルは、「ラーメンマスタープログラム」を開催、ラーメン作りを一から教えた。また、2010年には、ハワイに本社を置く「サンヌードル」社がNY近郊に麺工場をオープン、二代目のケンシロウ・ウキ氏が切り盛りしている。今年の年明けには、ラーメンの周知をねらって、マンハッタンに「ラーメン・ラボ」もオープン。夜はラーメン店として一般客に開放、日中は、新しくラーメン店を開く人のための実践教育の場になるという画期的な場所だ。
ラーメン業に携わる人々は、「もっとたくさんラーメン店ができて米国人に知ってもらうことがよい」と口を揃えて言う。ラーメンの認知度が増すことによって、客も増えるからだ。「結局は、おいしいものが残る」とウキ氏は言う。「そして、おいしいものは、やはりその店が真摯に努力しているからだ」とも言っている。
おいしいものに国境はない。行列のできる「一風堂」も、あくまでも日本のラーメンの味を追求している。米国人消費者がラーメンに関して成長したことを受けて、開店当初25cmだった麺の長さを2㎝伸ばした。マンハッタンのウェストサイドに2軒目をオープン、将来は米国内に200軒を目指しているという。
チャン氏は、首都ワシントンに「モモフク」を開店する予定といううわさだ。実現すれば、やがて米国議会の議員や連邦政府の役人たちも、ラーメンをすすりに来ることになるのだろう。

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日本では150年近くかかった歴史

アメリカのラーメンの行方

 戦後、米国における日本のイメージはずいぶん変わった。少数の日本通が敵国の言語を学んだ世代の次に現れたのが、経済大国日本のビジネスを学んだ世代、そして今はアニメやマンガを通じて日本を知った世代が頭角を現し始めている。日本の学園生活や家庭生活をアニメやマンガを通して知っている世代が社会に出てきている事実は、日本にとって心強いといっていいだろう。
しかも、この世代は視野が広い。「ファンサブ」と呼ばれるアニメやマンガのアマチュア翻訳は、日本でリリースされるや時を移さず違法に流れ、「コミコン」は始まる前からチケットが売り切れ、日本のアニメのキャラクターに仮装した若者たちでごった返す。日本の大衆文化がせきを切ったようにして米国に流れるようになった今、大衆の国民食であるラーメンが米国に広まっていったのは必然の結果ともいえるかもしれない。
日本の力士と米国人女性の間に生まれた「KOA」のトラノスケ・マツオカ社長は、ラーメンの将来について、「世界のどの文化においても麺料理は愛されている。伝統的なハードコアの日本のラーメンはなくなることはないだろうが、米国でのラーメンはこれからもどんどん変貌していき、両者はどちらも存続することだろう」と言っている。
だが、サンヌードルのウキ氏が指摘するように、米国では日本と「水も違えば粉も鶏も違う」。ウキ氏は、日本におけるラーメンの地方性を指摘し、「その地にある食材や食文化に影響を受けるのは自然の理。ヘルシー志向の強いカルフォルニアでは、野菜をトッピングにした野菜スープのラーメンがあり、肉を好むテキサスではバーベキュー・ラーメンがある」と言う。
このため、ウキ氏は、ラーメンの将来について「アメリカナイズ」でなく、「ローカライズ」ということばを使っている。これから米国のラーメンは、米国の風土の影響を受けて独自に育っていくというのだ。となると、日本に明太子スパゲティがあるように、この新天地でも新しいラーメン文化が形成され、米国の食文化をますますリッチなものにさせていくことになるのだろう。
「チャイナタウンの汁そばが日本のラーメンと間違えられるのは困る」という声も聞くが、そもそもラーメンは中国で生まれ、日本で独自に育っていったものだ。「ダッサラ」のディスティーノ氏の言うように、「寿司とは違い、ラーメンは日本においても新しい」。ラーメンの黎明期、定着期、発展期、多様化期と日本では150年近くかかった歴史が、米国ではその10倍の速度で進行中だ。
(※ラーメン氏の区分は「新横浜ラーメン博物館」資料から引用)

adminコラム即席麺で安価なイメージが定着 米国におけるラーメンの黎明期  ニューヨークではラーメンブームが続いている。日本の有名店がNYに進出、非日本人の経営する店も次々にオープン、実験的な店もあちこちで生まれつつあり、ラーメン・シーンはどんどん進化している最中だ。今は混沌とした状況下にあるラーメン事情ではあるが、一般の米国人も日本の国民食に開眼しつつあり、NYから飛び火して全米各地にも広まっている。NY、果ては米国におけるラーメンは、今後どのように展開していくのだろう。寿司と同じように米国の食生活に定着してくのだろうか。 (外海君子)  チャイナタウンには、以前から中国のヌードル・スープ(汁そば)の店があり、「安い」「早い」で、大勢の客が詰めかけている。ラーメンの由来とされる拉麺を食べさせる店は、「ビレッジ・ホイス」のお墨付きを得て繁盛している。現状では、ほとんどの米国人が日本のラーメンが中国の汁そばとは別物であることを知らない。 NYにおいての日本の正統派ラーメン店の先駆者は、1974年に開店した、今はもう存在しない「どさん子」と、1975年に開店した「サッポロラーメン」だ。インターネットもなく、日本に電話をかければ給料1ヵ月分近くが吹き飛び、日本の食料品も容易に手に入らなかった時代、在NY邦人たちは、なつかしい大衆の味を求めてこれらの店を訪れた。以後、長い間、ラーメンは、寿司や天ぷら、すき焼きなど大御所の日本料理の陰に隠れ、脚光を浴びることはなかった。 今のブームが起こる前に、まずは日本で1958年に登場したインスタントラーメンが米国に普及していくことになる。日清が即席ラーメンの輸出を開始して米国市場に参入したのは1970年のこと。1972年には現地生産を開始、東洋水産は1977年にカリフォルニアに工場をオープン。即席ラーメンの消費量は年々増え、2013年の統計で米国人は年間43億5000食食べている。これは世界第6位の消費量という位置付けだ。即席ラーメンから入っていった一般の米国人にとっては、ラーメンは安価なインスタント食品というイメージが根付くことになった。 火付け役は韓国系米国人シェフ NYのラーメンブームの始まり  世界全体の消費量はついに1000億食を突破、地球を制覇した感のある即席ラーメンは、日清が無重力空間でも食べられる宇宙食ラーメン、「スペース・ラム」を開発、2005年にスペースシャトル「ディスカバリー」でついに宇宙へ。しかし即席でないラーメンの米国での知名度は無きに等しかった。 NYにおけるラーメンブームの火付け役は、韓国系米国人シェフ、デイヴィッド・チャン氏が2004年にオープンした「モモフク・ヌードルバー」ということで大方の見方は一致している。店名のモモフクを「ラッキーピーチ(福桃)」としているが、即席ラーメンの発明者であり、日清食品の創始者である安藤百福氏の名から取ったということだ。 チャン氏は、海外進出もしてモモフク・グループを拡大させていき、2011年春には新しいタイプの食雑誌、「ラッキー・ピーチ」を立ち上げた。記念すべき第1号はラーメン特集。紀元前2000年頃に中国で生まれた麺料理が日本に渡り、国民食になるまでの歴史から、安藤百福氏の伝記、東京の「ラーメンの神様」現地取材、日本各地のラーメンの地方性までを網羅している。 チャン氏は2012年にPBS(公共放送網)放映の「ザ・マインド・オブ・ア・シェフ(シェフの精神)」シリーズ第1弾を担当、テーマはやはり麺で、日本ロケではつけ麺発祥の店や麺工場の紹介をしている。 チャン氏が道を切り開いたあと、日本から、2007年に「せたが屋」、2008年に「一風堂」がNYに進出、熊本の「寺川」、博多の「秀ちゃんラーメン」、千葉の「味噌や」、東京の「バサノバ」、旭川の「ラーメン山頭火」など、次々に上陸するようになった。  また、現地NY在住の日本人も、ブームに敏感に反応し、日系の焼き鳥屋から始まった「鳥人(トット)ラーメン」、日本人ミュージシャンが立ち上げた「ミンカ・ラーメンファクトリー」「カンビ・ラーメンハウス」など、数多くが開店した。日系二世のリチャード・カシダ氏の「仁ラーメン」は、ミシュランのビブ・グルマンに3年連続で選ばれている。70年代からあるマクロバイオティック・レストラン、「ソウエン」は、2009年にオーガニック・ラーメン店をオープン、玄米やズッキーニを細かく切った麺を使ったヘルシーなタヒニー・ラーメンやガルパンゾー・ラーメンなどで独自の道を行く。 一方、非日本人も次々にブームに便乗。たとえば、中国系米国人のウィリアム・ウー氏が「味千」などで修業して開いた「ウマミ・ショップ」。西洋人の口に合うよう、玉ネギやニンニク、エシャレットなどを炒めてスープを作っている。他にも、「せたが屋」で修業した韓国人シェフがオーナーの「ラーメン匠」、東京・田端で修業したミャンマー人シェフの「たばたラーメン」、韓国系米国人、ジョシュア・スムークラー氏が「一風堂」で開眼して始めた「むラーメン」等々、枚挙にいとまがない。 これだけ多くの店が開店するにはやはり理由がある。中国系の麺料理は薄利多売が多く、5ドル台から8ドル程度の値段が付いているが、日本のラーメンは、高いところでは十数ドルと、約2倍の値段が付く。「一風堂」では1杯が15ドルだ。9%近い売上税を払い、相場2割のチップを払うと、ラーメン1杯で20ドル、日本円にして2000円余りが軽く飛ぶ。替え玉や卵、エキストラのチャーシューなどを付けると30ドルにもなる。となると、同じ麺料理を提供するなら、日本のラーメンを提供した方が経営者にとっては利ざやが大きく、有利になる。 去年NYで開かれたレストランショーで、フィラデルフィアでフードトラックを始める予定の企業家がラーメンの講義に聞き入っていたが、サンドイッチなら9~10ドル程度の値段設定が、ラーメンなら1杯15ドルで販売できるので、ぜひラーメンを扱いたいということだった。 ブームが本格化すると、NYタイムズなどのメディアが記事を載せるようになり、徐々に日本の国民食は知られていった。知名度は地方都市にも広まり、全米各地で次々にラーメン店が開店している。オハイオ州クリーブランドに「ヌードルキャット」というラーメン店を2軒展開しているアイアン・シェフ、ジョナソン・ソーヤー氏は、2015年のトレンドにラーメンをあげ、「非日本のレストランでもメニューに載せるようになるだろう」と予測している。 素材も多様化するメニュー開発 日本の10倍速で進化中! 猛烈なスピードで進化し続けるアメリカのラーメン ブームの終焉から定着化へ しかし、いくら比較的高値の値段設定ができるとはいえ、ブームの火元NYの家賃はべらぼうに高く、競争は厳しい。ブームに則って開いたものの、閉店した店は少なくない。ラーメンは、もはやブームやトレンドというよりも、数は増えつつあるが、競争しながら淘汰されていく定着化の段階に入ったといえる。  時機が熟し、ついに逆輸入の形で、日本でラーメン店を開いて評判を得た米国人、アイバン・オーキン氏がNYに進出したのは2013年のこと。翌年にはフラッグシップ・ショップの「アイバン・ラーメン」を開店、NYタイムズ紙により「2014年の新レストラン・トップ10」に選ばれている。オーキン氏のラーメンは、NYで人気の豚骨ラーメンでなく、あっさりした上品な醤油ラーメンだ。麺には、香ばしさとかみ応えを考慮してライ麦を加えている。 また、特筆すべきなのが、米国独自の創作ラーメンが出現し始めたことだ。特にブルックリンには実験的な店が多い。その一つ、ジャスティン・デスピリット氏の「ダッサーラ」で出されるのは、セロリ、ユダヤ料理のマツォ団子、スモーク肉を入れたデリ・ラーメン、グリーンカレーと骨髄で煮込んだヤギ肉の混ぜ麺など、完全な創作ラーメンだ。デスピリット氏は、将来日本に出店したいと考えており、米国人による日本のラーメンの米国逆輸入ではなく、米国人による米国版ラーメンの日本上陸も間近いことだろう。 米国人は、チリレンゲにいったん麺をのせて食べるため、米国「一風堂」のチリレンゲは、日本のものの2倍の大きさ。麺を少し太めにして伸びを防ぎ、かみ応えをよくしている  また、2014年には日本人シェフによる創作ラーメンがNYに出現。中国料理の鉄人、脇屋友詞シェフが、和食のインスピレーションを受けたモダン・チャイニーズの店、「KOA」をオープン、商標登録もした「ソーバ」という、巨大な鉢にたっぷりのラーメンとたっぷりのトッピング、しかしスープは少なめという新しい麺料理を展開した。 ラーメンは、カジュアルなファストフードにも、ドレスアップしてアップグレードもできるが、汁そばであるがゆえに、ハンバーガーやピザのようなフィンガーフードにはなれない。であればフィンガーフードにしてしまおうというのが派生としてのラーメンで、大評判になったケイゾウ・シマモト氏の「ラーメンバーガー」や、メキシコ料理のブリトーとのハイブリッド、「ラーメンリトー」などがある。 最後には結局おいしいものが残る 成熟期における基本の啓蒙  ラーメンの需要が高まる中、供給側も積極的に動き始めた。レストラン・ショーでは、各メーカーがラーメンの食材を積極的にPR、ラーメン講座も開講。大手日本食品商社のJFCインターナショナルは、「ラーメンマスタープログラム」を開催、ラーメン作りを一から教えた。また、2010年には、ハワイに本社を置く「サンヌードル」社がNY近郊に麺工場をオープン、二代目のケンシロウ・ウキ氏が切り盛りしている。今年の年明けには、ラーメンの周知をねらって、マンハッタンに「ラーメン・ラボ」もオープン。夜はラーメン店として一般客に開放、日中は、新しくラーメン店を開く人のための実践教育の場になるという画期的な場所だ。 ラーメン業に携わる人々は、「もっとたくさんラーメン店ができて米国人に知ってもらうことがよい」と口を揃えて言う。ラーメンの認知度が増すことによって、客も増えるからだ。「結局は、おいしいものが残る」とウキ氏は言う。「そして、おいしいものは、やはりその店が真摯に努力しているからだ」とも言っている。 おいしいものに国境はない。行列のできる「一風堂」も、あくまでも日本のラーメンの味を追求している。米国人消費者がラーメンに関して成長したことを受けて、開店当初25cmだった麺の長さを2㎝伸ばした。マンハッタンのウェストサイドに2軒目をオープン、将来は米国内に200軒を目指しているという。 チャン氏は、首都ワシントンに「モモフク」を開店する予定といううわさだ。実現すれば、やがて米国議会の議員や連邦政府の役人たちも、ラーメンをすすりに来ることになるのだろう。 日本では150年近くかかった歴史 アメリカのラーメンの行方  戦後、米国における日本のイメージはずいぶん変わった。少数の日本通が敵国の言語を学んだ世代の次に現れたのが、経済大国日本のビジネスを学んだ世代、そして今はアニメやマンガを通じて日本を知った世代が頭角を現し始めている。日本の学園生活や家庭生活をアニメやマンガを通して知っている世代が社会に出てきている事実は、日本にとって心強いといっていいだろう。 しかも、この世代は視野が広い。「ファンサブ」と呼ばれるアニメやマンガのアマチュア翻訳は、日本でリリースされるや時を移さず違法に流れ、「コミコン」は始まる前からチケットが売り切れ、日本のアニメのキャラクターに仮装した若者たちでごった返す。日本の大衆文化がせきを切ったようにして米国に流れるようになった今、大衆の国民食であるラーメンが米国に広まっていったのは必然の結果ともいえるかもしれない。 日本の力士と米国人女性の間に生まれた「KOA」のトラノスケ・マツオカ社長は、ラーメンの将来について、「世界のどの文化においても麺料理は愛されている。伝統的なハードコアの日本のラーメンはなくなることはないだろうが、米国でのラーメンはこれからもどんどん変貌していき、両者はどちらも存続することだろう」と言っている。 だが、サンヌードルのウキ氏が指摘するように、米国では日本と「水も違えば粉も鶏も違う」。ウキ氏は、日本におけるラーメンの地方性を指摘し、「その地にある食材や食文化に影響を受けるのは自然の理。ヘルシー志向の強いカルフォルニアでは、野菜をトッピングにした野菜スープのラーメンがあり、肉を好むテキサスではバーベキュー・ラーメンがある」と言う。 このため、ウキ氏は、ラーメンの将来について「アメリカナイズ」でなく、「ローカライズ」ということばを使っている。これから米国のラーメンは、米国の風土の影響を受けて独自に育っていくというのだ。となると、日本に明太子スパゲティがあるように、この新天地でも新しいラーメン文化が形成され、米国の食文化をますますリッチなものにさせていくことになるのだろう。 「チャイナタウンの汁そばが日本のラーメンと間違えられるのは困る」という声も聞くが、そもそもラーメンは中国で生まれ、日本で独自に育っていったものだ。「ダッサラ」のディスティーノ氏の言うように、「寿司とは違い、ラーメンは日本においても新しい」。ラーメンの黎明期、定着期、発展期、多様化期と日本では150年近くかかった歴史が、米国ではその10倍の速度で進行中だ。 (※ラーメン氏の区分は「新横浜ラーメン博物館」資料から引用)あたらしい視点でラーメンを伝える情報誌!