味作りより経営者を育てる人材育成

今やラーメン業界はつけ麺なしには語れない。燎原の火のごとく、その勢いはラーメン業界を席巻していると言っていいだろう。その火つけ役を担い、つけ麺時代を象徴する店が「つけめんTETSU」だ。2005年に開業し、わずか3ヵ月で都内屈指の行列店となり、その後も攻勢はとどまることを知らず、8年目で関東圏に15店舗を出店。つけめんTETSUの店主であり、(株)YUNARIの代表取締役社長を務める若き経営者、小宮一哲氏の経営手腕とは?

ユニクロで学んだ経営学でつけ麺時代をリード

──つけ麺業界の変遷は?
小宮 麺をつけだれにつけて食べるという、今のつけ麺の原型を提供したのは池袋の「大勝軒」が発祥といわれています。つけだれは今の濃厚豚骨魚介系とはまったく異なる、冷やし中華のたれに近いような甘酸っぱいもの。他店でもつけ麺を始めたところもありましたが、あくまでもラーメンが主役で、つけ麺はサブメニュー的存在でした。屋号に「つけめん」を冠して、つけ麺で勝負することを目指した店は、僕の知っている限りではうちが最初じゃないかなと思います。

 ──最近のつけ麺のトレンドは?
小宮 昨年あたりからでしょうか、「油そば」や「まぜそば」という呼び名で汁なしのジャンルが増え始めています。その背景には、つけ麺が普及したことで麺への注目度が高まってきたことが挙げられます。

──8年目で15店舗出店した経営力の原点は?
小宮 実は、僕は大学卒業後、ユニクロに就職したんですね。すでに将来ラーメン屋になることを決めていて、店を持つには味作りよりも経営者としての勉強が大事だと思いました。ユニクロは「商売人を育てる会社」とうたっていたのが就職の動機です。ユニクロで学んだ店舗運営は、今非常に役に立っています。特に勤務シフトシステム。うちの店では、僕のユニクロ時代と同じシフト制を採用しているんですよ。直近30日間、平日と土日に分けた1時間ごとの売上げデータを各店舗ごとに出して、それに合わせた勤務シフトを作成します。絶対にムダを出さない人員配置です。シフトにムダさえなければ、よほどのことがない限り店はつぶれないと思っています。

──採算の基準は?
小宮 20席前後で月商600万円。千駄木の本店は9席で600万円以上を達成しています。要はピーク時に席を何回転させることができるか。たとえば、ゆで時間8分の麺を使っている店の場合、8分後にその席が空いているかを判断できないとダメ。お客さんが席に着いてから8分以上たって出したら、ゆで始めが遅かったことになり、うちでは完全にNG。理想は「座ってドン!」。お客さんが席に着くと同時に提供できるオペレーションですね。

──人材育成については?
小宮 ラーメン店で働く若者は、将来独立することを考えて、味作りを学ぼうとする人が多いですが、実は、味作りはそんなに難しいことではないと僕は思っているんですね。どこの店でも修業したことのない、ど素人の僕にだってできたんですから。それよりも経営者として必要なことを学んでほしい。僕はうちの店で働いているスタッフを未来の経営者として育てています。
独立は誰にでもできる。難しいのはその先、家族と従業員を養えるだけの利益を出し続けることです。それができるか否かが経営者の実力。材料費を削れば目先の利益は出るけど、それじゃ味が落ちてしまう。従業員の賃金を安くすると人の入れ替わりが激しくなって、いつまでたっても人が育たない。利益を出す一番の近道は無駄をなくすことなんです。それが経営者のすべきことだと思っています。

──ラーメン屋を目指した動機は?
小宮 中学生までガキ大将でやんちゃだったんですが、高校はすぐに中退しちゃったんですね。ずっとフラフラしていたけど、18歳頃になって、中学の同級生たちが大学に進学したとか、どこそこのいい会社に入ったとかいう話を耳にして、ガキ大将だった自分が、今は負けていると感じて悔しかった。そのとき将来、絶対、自分の会社を持って社長になってやると決意しましたね。そして、やるなら子どものころから大好きだったラーメン屋がいいと。中学の同窓会は卒業後5年ごとにあったんですが、負けている自分のままではみんなに会えないとずっと思っていました。去年、やっと初めて同窓会に出席できました。中学のときの仲間に顔を会わせられるだけの自信を持てる自分になるまでに20年かかったということです。18歳のときの負けたくないという熱い思いが、今の自分の原点なのかもしれませんね。


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小宮一哲氏に影響を与えたラーメン店 一風堂

一風堂 総本店・福岡市中央区大名1─13─14
人柄のよさを表現

 小宮氏が尊敬し、自身の大きな目標としている経営者が、ユニクロの柳井正氏と一風堂の川原成美氏。「一風堂の経営については直接関わったことがないので、何もわかりませんが、そのラーメンには、河原さんの人間としてのスケールの大きさや人柄のよさがすべてあらわれていると思います」と言う。


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小宮一哲氏に影響を与えたラーメン店 幸楽苑

幸楽苑 本社・福島県郡山市田村町金屋宇川久保1番地1
企業経営を学ぶ

1954年創業。現在、全国で512店舗(海外2)を有するラーメン市場を代表するトップチェーン。「幸楽苑には一人の客としてしか入ったことがありませんが」と前置きしながらも、「オペレーションや商品開発力には学ぶべき点が多い」と言う。


小宮一哲氏に影響を与えたラーメン店 中華そば屋 伊藤

Yf9BlKWG中華そば屋 伊藤 東京都北区豊島4─5─3
独自性が好奇心を刺激

小宮社長はラーメン好きが高じてラーメン屋になったが、事業化してからは、ラーメンを食べることより仕事が気になり、純粋にラーメンを楽しめなくなっている。そんな中、同店に行くと、仕事を気にせずに「ラーメン好きだった当初のように純粋にラーメンを楽しめる」という。


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小宮 一哲(こみや・かずのり)

(株)YUNARI 代表取締役社長
1976年東京都武蔵野市出身。高校中退後18歳のときにオーストラリアに1年間ワーキングホリデーで滞在。帰国後、大検を取得して大学に進学。卒業後、(株)ファーストリテイリングに入社し、販売スタッフとしてユニクロに勤務。ユニクロを退社後、28歳で千駄木に「つけ麺TETSU」を開業。つけ麺のスープ割りを頼むと一緒に“焼き石”が付いてくることで話題になり、行列店となる。その後、品川店、横浜ランドマークプラザ店、六本木ヒルズ店、三鷹店など次々にオープンし、8年目にして15店舗を経営。「ラーメンof the year TOKYO1週間」最優秀賞など多数受賞。

(株)YUNARI
所在地=東京都荒川区西日暮里5─33─1西川ビル2F

つけ麺TETSU千駄木本店
所在地=東京都文京区千駄木4─1─14
開業=2005年8月
営業時間=午前11時半~午後3時45分、6時~11時 無休
坪数・席数=9坪・9席
1日の平均来客数=240人

adminコラム味作りより経営者を育てる人材育成 今やラーメン業界はつけ麺なしには語れない。燎原の火のごとく、その勢いはラーメン業界を席巻していると言っていいだろう。その火つけ役を担い、つけ麺時代を象徴する店が「つけめんTETSU」だ。2005年に開業し、わずか3ヵ月で都内屈指の行列店となり、その後も攻勢はとどまることを知らず、8年目で関東圏に15店舗を出店。つけめんTETSUの店主であり、(株)YUNARIの代表取締役社長を務める若き経営者、小宮一哲氏の経営手腕とは? ユニクロで学んだ経営学でつけ麺時代をリード ──つけ麺業界の変遷は? 小宮 麺をつけだれにつけて食べるという、今のつけ麺の原型を提供したのは池袋の「大勝軒」が発祥といわれています。つけだれは今の濃厚豚骨魚介系とはまったく異なる、冷やし中華のたれに近いような甘酸っぱいもの。他店でもつけ麺を始めたところもありましたが、あくまでもラーメンが主役で、つけ麺はサブメニュー的存在でした。屋号に「つけめん」を冠して、つけ麺で勝負することを目指した店は、僕の知っている限りではうちが最初じゃないかなと思います。  ──最近のつけ麺のトレンドは? 小宮 昨年あたりからでしょうか、「油そば」や「まぜそば」という呼び名で汁なしのジャンルが増え始めています。その背景には、つけ麺が普及したことで麺への注目度が高まってきたことが挙げられます。 ──8年目で15店舗出店した経営力の原点は? 小宮 実は、僕は大学卒業後、ユニクロに就職したんですね。すでに将来ラーメン屋になることを決めていて、店を持つには味作りよりも経営者としての勉強が大事だと思いました。ユニクロは「商売人を育てる会社」とうたっていたのが就職の動機です。ユニクロで学んだ店舗運営は、今非常に役に立っています。特に勤務シフトシステム。うちの店では、僕のユニクロ時代と同じシフト制を採用しているんですよ。直近30日間、平日と土日に分けた1時間ごとの売上げデータを各店舗ごとに出して、それに合わせた勤務シフトを作成します。絶対にムダを出さない人員配置です。シフトにムダさえなければ、よほどのことがない限り店はつぶれないと思っています。 ──採算の基準は? 小宮 20席前後で月商600万円。千駄木の本店は9席で600万円以上を達成しています。要はピーク時に席を何回転させることができるか。たとえば、ゆで時間8分の麺を使っている店の場合、8分後にその席が空いているかを判断できないとダメ。お客さんが席に着いてから8分以上たって出したら、ゆで始めが遅かったことになり、うちでは完全にNG。理想は「座ってドン!」。お客さんが席に着くと同時に提供できるオペレーションですね。 ──人材育成については? 小宮 ラーメン店で働く若者は、将来独立することを考えて、味作りを学ぼうとする人が多いですが、実は、味作りはそんなに難しいことではないと僕は思っているんですね。どこの店でも修業したことのない、ど素人の僕にだってできたんですから。それよりも経営者として必要なことを学んでほしい。僕はうちの店で働いているスタッフを未来の経営者として育てています。 独立は誰にでもできる。難しいのはその先、家族と従業員を養えるだけの利益を出し続けることです。それができるか否かが経営者の実力。材料費を削れば目先の利益は出るけど、それじゃ味が落ちてしまう。従業員の賃金を安くすると人の入れ替わりが激しくなって、いつまでたっても人が育たない。利益を出す一番の近道は無駄をなくすことなんです。それが経営者のすべきことだと思っています。 ──ラーメン屋を目指した動機は? 小宮 中学生までガキ大将でやんちゃだったんですが、高校はすぐに中退しちゃったんですね。ずっとフラフラしていたけど、18歳頃になって、中学の同級生たちが大学に進学したとか、どこそこのいい会社に入ったとかいう話を耳にして、ガキ大将だった自分が、今は負けていると感じて悔しかった。そのとき将来、絶対、自分の会社を持って社長になってやると決意しましたね。そして、やるなら子どものころから大好きだったラーメン屋がいいと。中学の同窓会は卒業後5年ごとにあったんですが、負けている自分のままではみんなに会えないとずっと思っていました。去年、やっと初めて同窓会に出席できました。中学のときの仲間に顔を会わせられるだけの自信を持てる自分になるまでに20年かかったということです。18歳のときの負けたくないという熱い思いが、今の自分の原点なのかもしれませんね。 小宮一哲氏に影響を与えたラーメン店 一風堂 一風堂 総本店・福岡市中央区大名1─13─14 人柄のよさを表現  小宮氏が尊敬し、自身の大きな目標としている経営者が、ユニクロの柳井正氏と一風堂の川原成美氏。「一風堂の経営については直接関わったことがないので、何もわかりませんが、そのラーメンには、河原さんの人間としてのスケールの大きさや人柄のよさがすべてあらわれていると思います」と言う。 小宮一哲氏に影響を与えたラーメン店 幸楽苑 幸楽苑 本社・福島県郡山市田村町金屋宇川久保1番地1 企業経営を学ぶ 1954年創業。現在、全国で512店舗(海外2)を有するラーメン市場を代表するトップチェーン。「幸楽苑には一人の客としてしか入ったことがありませんが」と前置きしながらも、「オペレーションや商品開発力には学ぶべき点が多い」と言う。 小宮一哲氏に影響を与えたラーメン店 中華そば屋 伊藤 中華そば屋 伊藤 東京都北区豊島4─5─3 独自性が好奇心を刺激 小宮社長はラーメン好きが高じてラーメン屋になったが、事業化してからは、ラーメンを食べることより仕事が気になり、純粋にラーメンを楽しめなくなっている。そんな中、同店に行くと、仕事を気にせずに「ラーメン好きだった当初のように純粋にラーメンを楽しめる」という。 小宮 一哲(こみや・かずのり) (株)YUNARI 代表取締役社長 1976年東京都武蔵野市出身。高校中退後18歳のときにオーストラリアに1年間ワーキングホリデーで滞在。帰国後、大検を取得して大学に進学。卒業後、(株)ファーストリテイリングに入社し、販売スタッフとしてユニクロに勤務。ユニクロを退社後、28歳で千駄木に「つけ麺TETSU」を開業。つけ麺のスープ割りを頼むと一緒に“焼き石”が付いてくることで話題になり、行列店となる。その後、品川店、横浜ランドマークプラザ店、六本木ヒルズ店、三鷹店など次々にオープンし、8年目にして15店舗を経営。「ラーメンof the year TOKYO1週間」最優秀賞など多数受賞。 (株)YUNARI 所在地=東京都荒川区西日暮里5─33─1西川ビル2F つけ麺TETSU千駄木本店 所在地=東京都文京区千駄木4─1─14 開業=2005年8月 営業時間=午前11時半~午後3時45分、6時~11時 無休 坪数・席数=9坪・9席 1日の平均来客数=240人あたらしい視点でラーメンを伝える情報誌!